今の函南町
静岡県東部、伊豆半島の玄関口にある町です。箱根山の山頂から西へ、山間地、丘陵地、平坦地の順に続きます。山間地は鞍掛山や玄岳に囲まれ、中ほどの丘陵地は台地の畑作地帯、平坦地は田方平野です。丹那盆地では古くから酪農が行われています。三島市などに近く、住宅地としての性格も強いまちです。国道136号と熱函道路に沿って、市街地が東西南北に延びています。
今の函南町の区域の人口は、2020年の国勢調査で36,794人です。今の区域で数えた1980年の28,749人とくらべると28.0%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は32.8%です。
主な産業:丹那の酪農と、スイカ・イチゴ・トマトなどの農業が盛んです。
特産品・名産
- 丹那牛乳丹那盆地の酪農で作られる牛乳
- 函南西瓜平井地区で作られるスイカ。通称は平井スイカ
- イチゴ伊豆の国市・三島市などとともに作るイチゴ
- 冬春トマト三島市・伊豆の国市とともに作るトマト
見どころ・祭り
- 十国峠十の国を見渡せたという展望地。国の登録記念物
- 酪農王国オラッチェ丹那盆地にある酪農がテーマの観光施設
- 柏谷横穴群県内最大規模の横穴墓群。国指定史跡
- 畑毛温泉畑毛地区にある温泉
- 月光天文台プラネタリウムと地学展示のある施設
木ひめしゃら花はこねざくら函南町の木・花
函南町のなりたち
函南町(かんなみちょう)は、静岡県伊豆地域の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに函南村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は田方郡に属していました。
「函南町」という名前
「函南」は、箱根の別名「函嶺(かんれい)」の南にあることから付けられた名前とされます。1889年(明治22年)に、箱根山の西のふもとにあった十数か村が一つになって函南村が生まれたとき、この名が選ばれました。村のころは「かんなん」とも「かんなみ」とも読まれ、読み方がまちまちでした。1963年(昭和38年)に町制を施行したとき、読み方は「かんなみ」にそろえられています。
まちの成り立ち
鎌倉時代のころ、この地の土豪の仁田氏が活躍し、仁田四郎忠常は源頼朝の挙兵に加わった武士として知られます。町内には、7世紀から8世紀はじめのものが多い柏谷横穴群があり、国の史跡に指定されています。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、田方郡の仁田・間宮・大土肥・平井・上沢・丹那・大竹・田代・桑原・軽井沢・畑・柏谷・塚本・肥田・畑毛の15か村に、駿東郡の日守村と君沢郡山中新田の一部(馬坂)が加わって、函南村が生まれました。
1934年(昭和9年)12月、東海道線の丹那トンネルが開通して函南駅ができると、まちは大きく変わります。トンネル工事では丹那盆地の水が減り、農業に大きな影響が出ました。その後は東京方面へも通勤できる住宅地として人が増えています。
函南村はほかの町村と合併しないまま、1963年(昭和38年)4月1日に町制を施行して函南町となりました。明治の村の区域が、今の町の区域にそのまま受け継がれています。丹那盆地では明治のころから牧畜が始まり、丹那牛乳で知られる酪農の里になりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、田方郡の仁田村・間宮村・大土肥村・平井村・上沢村・丹那村・大竹村・田代村・桑原村・軽井沢村・畑村・柏谷村・塚本村・肥田村・畑毛村と駿東郡日守村、君沢郡山中新田の一部(馬坂)が合併して函南村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1963年4月1日昭和38年田方郡函南村が町制を施行して函南町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。