今の川口市
荒川を隔てて東京都に接する市で、鋳物産業と安行の植木・苗木栽培に関わる歴史を持っています。川口町と周辺三村の新設合併から市が始まり、鳩ヶ谷との編入・分離・再合流や、安行・美園の区域移動を経て現在に至ります。水運や日光御成道を通じた江戸との交流に、鉄道・橋の整備による住宅地の広がりが重なりました。市の木はサザンカ、花はテッポウユリです。
今の川口市の区域の人口は、2020年の国勢調査で594,274人です。今の区域で数えた1980年の435,310人とくらべると36.5%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は23.6%です。
主な産業:鋳物を中心としたものづくりと、安行の植木・苗木栽培が受け継がれています。
特産品・名産
- 川口の鋳物江戸時代から発展した金属の鋳造製品
- 安行の植木庭木や苗木を育てる伝統産業の産品
- 川口御成道味噌川口の麦味噌を受け継ぐ米・麦の味噌
見どころ・祭り
- グリーンセンター花や緑に親しめる市立の公園
- SKIPシティ映像ミュージアム映像のしくみを体験する博物館
- リリアパーク(川口西公園)川口駅前でオブジェや草花に親しむ公園
木サザンカ花テッポウユリ川口市の木・花
川口市のなりたち
川口市(かわぐちし)は、埼玉県南部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。青木村・横曽根村・南平柳村・神根村・芝村・鳩ヶ谷町・新郷村・野田村・大門村・戸塚村・安行村・川口町です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の川口市になりました。
今の名前「川口市」は、1920年にあった川口町の名前を受け継いでいます。ほかの11の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の川口町が約2km²だったのに対し、今の川口市は約62km²と、およそ29.4倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北足立郡に属していました。
「川口市」という名前
川口の名は、旧入間川にあたる現在の荒川の河口に面していたことに由来するともいわれています。『義経記』にも小川口の名が記されており、中世から使われてきた地名です。古くからの地名が川口宿、町村制による川口町を経て、1933年の新設合併で川口市の名前となりました。鳩ヶ谷市を編入した2011年も市名は川口のままで、広がった市域に従来の市名を引き継いでいます。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制で、北足立郡に川口町と青木・横曽根・南平柳などの村が成立しました。周辺には鳩ヶ谷町や北平柳村、芝・神根・新郷・安行などの村も置かれています。1933年4月1日、川口町と青木・横曽根・南平柳の三村が新設合併し、川口市が誕生しました。
1940年には鳩ヶ谷町・芝村・神根村・新郷村を編入しましたが、1950年に旧鳩ヶ谷町の区域が川口市から分離して、再び鳩ヶ谷町となります。その後、川口市は1956年に安行村、1962年に美園村の一部を編入しました。安行村の一部は後に草加町へ移り、美園村の残る区域は浦和市に入っています。
鳩ヶ谷町は1967年に市となり、2011年10月11日に川口市へ編入されました。戦時期の編入、その後の分離、平成の再合流という、両地域の関係が現在の市域につながります。
荒川と芝川の水運や江戸への交通を背景に、川口では鋳物、安行では植木や苗木の栽培が発達しました。鉄道や橋の整備により住宅地も広がった現在の市は、川口宿・鳩ヶ谷宿の歴史と、地域で育った産業を受け継いでいます。
年表
- 1889年4月1日明治22年北足立郡に川口町・青木村・横曽根村・南平柳村・鳩ヶ谷町・北平柳村・芝村・神根村・新郷村・安行村・戸塚村・大門村・野田村・戸田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1901年5月3日明治34年北平柳村が鳩ヶ谷町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1926年10月1日大正15年横曽根村の浮間が東京府北豊島郡岩淵町に編入された。種類:県境を越えた編入 出典:Wikipedia
- 1933年4月1日昭和8年川口町・青木村・横曽根村・南平柳村が合併し、川口市となった。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1940年4月1日昭和15年鳩ヶ谷町・芝村・神根村・新郷村が川口市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1941年6月1日昭和16年戸田村が町制を施行し、戸田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1950年11月1日昭和25年川口市から旧鳩ヶ谷町の区域が分離し、鳩ヶ谷町が再び置かれた。種類:分割 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1955年1月1日昭和30年戸田町の下戸田字堤外の一部が川口市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1956年4月1日昭和31年安行村が川口市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1956年4月1日昭和31年戸塚村・大門村・野田村が合併し、美園村となった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1957年5月1日昭和32年川口市の旧安行村区域の花栗・苗塚・北谷・原・小山が草加町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1962年5月1日昭和37年美園村が分割され、戸塚地区などが川口市、残部が浦和市に編入された。種類:分割 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1967年3月1日昭和42年鳩ヶ谷町が市制を施行し、鳩ヶ谷市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 2011年10月11日平成23年鳩ヶ谷市が川口市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 2018年4月1日平成30年川口市が中核市となった。種類:その他 出典:www.city.kawaguchi.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。