今の里庄町
岡山県の南西部にある町で、浅口郡に属する唯一の自治体です。倉敷市と広島県福山市に近く、ベッドタウンになっています。町の中央部から北西部は比較的平らで、そのほかは山林です。瀬戸内地方らしく、ため池が各地に点在します。農業が中心で、素麺づくりや食品工場があります。町特産のマコモタケや、伝統工芸の大原焼も知られます。
今の里庄町の区域の人口は、2020年の国勢調査で10,950人です。今の区域で数えた1980年の9,038人とくらべると21.2%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は31.6%です。
主な産業:農業が中心で、素麺づくりや食品などの工場があります。
特産品・名産
- マコモタケ町の特産品。町のキャラクターの題材
- 素麺古くから作られてきた
- 大原焼町の伝統工芸
見どころ・祭り
- 仁科芳雄生家物理学者仁科芳雄の生家
- 仁科会館仁科芳雄にゆかりの施設
- 鳶尾山城址町内の城跡
木ツバキ里庄町の木
里庄町のなりたち
里庄町(さとしょうちょう)は、岡山県備中の町です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では里庄村でした。
1920年の時点で、この区域の町村は浅口郡に属していました。
「里庄町」という名前
「里庄」の名は、里見村と新庄村の名から一文字ずつ取ったものです。1889年(明治22年)6月1日の町村制施行で、浅口郡に里見村と新庄村が発足しました。1905年(明治38年)4月1日に、この二つの村が合わさって里庄村になりました。1950年(昭和25年)6月1日に町制を施行し、里庄町になっています。
まちの成り立ち
里庄町は、浅口郡に属する町です。中央部から北西部は比較的平らで、そのほかは山林になっています。瀬戸内地方に多いため池が、町内にいくつも点在します。1889年(明治22年)6月1日の町村制施行で、浅口郡に里見村と新庄村が発足しました。1905年(明治38年)4月1日、里見村と新庄村が合わさって里庄村が発足しました。村名は、二つの村の名から一文字ずつ取っています。1950年(昭和25年)6月1日に町制を施行して、里庄町になりました。その後は他の市町村との合併や編入をしていません。平成の大合併では、同じ浅口郡の鴨方町・金光町・寄島町が合併して浅口市になりました。里庄町は合併に加わらず、単独で続けています。隣の笠岡市からも合併の呼びかけがありましたが、里庄町は単独で続ける考えを示しました。町は倉敷市や広島県福山市に近く、両市のベッドタウンになっています。農業が中心で、古くから素麺を作る土地としても知られ、食品工場などの工場もあります。町内には、物理学者仁科芳雄の生家があります。
年表
- 1889年6月1日明治22年町村制の施行により、浅口郡に里見村と新庄村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1905年4月1日明治38年浅口郡の里見村と新庄村が合併し、里庄村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1950年6月1日昭和25年浅口郡の里庄村が町制を施行し、里庄町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2006年3月21日平成18年浅口郡の鴨方町・金光町・寄島町が合併して浅口市となり、里庄町は浅口郡に残る唯一の町となった。種類:その他 出典:www.pref.okayama.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。