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糸魚川市いといがわし

1920年には17の町村だった区域が、7回の合併・編入を経て、今の糸魚川市になりました。

17町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の糸魚川市

新潟県のいちばん西にある市です。西に飛騨山脈、東に頸城の山々、北に日本海があり、姫川の谷がほぼ糸魚川静岡構造線に沿っています。親不知・子不知の断崖が海に迫ります。縄文時代からヒスイの産地として知られ、市の全域が世界ジオパークに認定されています。石灰岩を使ったセメント工業が盛んで、港ではカニやエビが水揚げされます。

今の糸魚川市の区域の人口は、2020年の国勢調査で40,765人です。今の区域で数えた1980年の61,488人とくらべると33.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.2%です。

40,765人人口(2020年)
−33.7%1980年からの増減
746.41km²面積(国土地理院)
55人/km²人口密度
40.2%65歳以上の割合
61,4881980199020052020
15歳未満 9.9%15〜64歳 49.9%65歳以上 40.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:石灰岩を使ったセメントなどの鉱工業や化学工業、漁業、酒造りが営まれています。

特産品・名産

  • ヒスイ国内随一の産地。日本の国石
  • ベニズワイガニ能生の港で水揚げされるカニ
  • 南蛮エビ「ひすい娘」の名で出荷されるエビ

見どころ・祭り

  • フォッサマグナミュージアム糸魚川の地質やヒスイを紹介する博物館
  • ヒスイ海岸ヒスイが見つかることがある海岸
  • 親不知・子不知北陸道の難所だった断崖の海岸
  • 長者ヶ原遺跡縄文時代の遺跡。公園と考古館がある

木ブナ花ササユリ鳥カワセミ糸魚川市の木・花・鳥

糸魚川市のなりたち

糸魚川市(いといがわし)は、新潟県上越地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、17の町村がありました。浦本村・大和川村・下早川村・西海村・上早川村・大野村・根知村・小滝村・磯部村・能生谷村・木浦村・今井村・市振村・上路村・能生町・青海村・糸魚川町です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の糸魚川市になりました。

今の名前「糸魚川市」は、1920年にあった糸魚川町の名前を受け継いでいます。ほかの16の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は西頸城郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、西頸城郡は2005年(平成17年)3月19日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧浦本村の区域には浦本駅(えちごトキめき鉄道 日本海ひすいライン)があります。旧根知村の区域には根知駅(大糸線)があります。旧小滝村の区域には小滝駅(大糸線)があります。旧市振村の区域には市振駅(あいの風とやま鉄道線)があります。旧能生町の区域には能生駅(えちごトキめき鉄道 日本海ひすいライン)があります。

171920年の町村の数
7回合併・編入の回数
746km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「糸魚川市」という名前

「糸魚川」という名前の由来は、はっきりしていません。今の市内に「糸魚川」という名前の川はありません。1889年(明治22年)の町村制で、城下の町々が合わさって西頸城郡糸魚川町が生まれました。1954年(昭和29年)に糸魚川町と周りの8村が合わさって糸魚川市となり、2005年(平成17年)に能生町・青海町と合わさったあとも、この名前が受け継がれています。

まちの成り立ち

糸魚川は縄文時代からヒスイの産地として知られ、ヒスイは日本列島各地へ運ばれました。のちには北前船が行き来する港となり、越中・信濃・越後を結ぶ交通の拠点として栄えました。

1889年(明治22年)の町村制で西頸城郡に糸魚川町などが生まれ、1901年には周りの村々が合わさって数が減りました。1927年(昭和2年)には青海村が町制を施行して青海町となっています。1954年(昭和29年)6月1日、糸魚川町と浦本村・下早川村・上早川村・大和川村・西海村・大野村・根知村・小滝村が合わさって糸魚川市が発足しました。同じ年の10月1日には、能生町・能生谷村・磯部村・木浦村が合わさって新しい能生町が生まれ、市振村・上路村・歌外波村は青海町に、今井村は糸魚川市と青海町に分かれて編入されました。

2005年(平成17年)3月19日、糸魚川市・能生町・青海町が合併し、今の糸魚川市が発足しました。市の全域は糸魚川ジオパークとしてユネスコ世界ジオパークに認定されています。西の親不知・子不知は、昔の北陸道の難所として知られた断崖の海岸です。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、西頸城郡に糸魚川町・柳形村・奴奈川村・浦本村・鬼伏村・北早川村・西早川村・南早川村・東早川村・西山村・東山村・大和川村・梶屋敷村・北西海村・南西海村・大野村・上根知村・中根知村・下根知村・小滝村・今井村・須沢村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、西頸城郡に能生町・四ヶ所村・川崎村・西能生村・東能生村・中能生村・南能生村・木浦村・青海村・田海村・歌外波村・市振村・上路村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1892年10月21日明治25年西頸城郡南能生村の一部(田麦平・崩・柵口・西飛山)が分かれて上能生村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  4. 1901年11月1日明治34年西頸城郡鬼伏村が浦本村に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  5. 1901年11月1日明治34年西頸城郡で、糸魚川町・柳形村・奴奈川村が合併して糸魚川町が、西早川村・北早川村・南早川村で下早川村が、東早川村・西山村・東山村で上早川村が、大和川村と梶屋敷村で大和川村が、北西海村と南西海村で西海村が、上根知村・中根知村・下根知村で根知村が、今井村と須沢村で今井村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1901年11月1日明治34年西頸城郡で、四ヶ所村と川崎村が合併して磯部村が、青海村と田海村で青海村が、東能生村・南能生村・上能生村・西能生村・中能生村で能生谷村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1927年8月1日昭和2年西頸城郡青海村が町制を施行して青海町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.niigata.lg.jp
  8. 1942年4月1日昭和17年西頸城郡浦本村の一部(鬼伏)が木浦村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.niigata.lg.jp
  9. 1954年6月1日昭和29年西頸城郡の糸魚川町・浦本村・下早川村・上早川村・大和川村・西海村・大野村・根知村・小滝村が合併して糸魚川市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
  10. 1954年10月1日昭和29年西頸城郡の能生町・能生谷村・磯部村・木浦村が合併し、改めて能生町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp
  11. 1954年10月1日昭和29年西頸城郡の歌外波村・市振村・上路村が青海町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  12. 1954年10月1日昭和29年西頸城郡今井村が分割され、今村新田と須沢の一部が青海町に、残りが糸魚川市に編入された。種類:分割 出典:www.pref.niigata.lg.jp
  13. 2005年3月19日平成17年糸魚川市と西頸城郡の能生町・青海町が合併し、改めて糸魚川市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.niigata.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

糸魚川町→糸魚川市1901〜今
能生町1889〜2005同じ名前の駅:能生駅
磯部村1901〜1954
能生谷村1901〜1954
木浦村1889〜1954
青海村→青海町1889〜2005同じ名前の駅:青海駅
今井村1889〜1954
市振村1889〜1954同じ名前の駅:市振駅
上路村1889〜1954
浦本村1889〜1954同じ名前の駅:浦本駅
大和川村1889〜1954
下早川村1901〜1954
西海村1901〜1954
上早川村1901〜1954
大野村1889〜1954
根知村1901〜1954同じ名前の駅:根知駅
小滝村1889〜1954同じ名前の駅:小滝駅

参考にした資料