今の明日香村
奈良盆地の南東部、飛鳥川の流域に広がる村です。平地から丘陵、山あいへと田畑や集落が続き、稲渕などには棚田の風景が残ります。飛鳥時代に政治・文化の中心となった土地で、宮跡や寺院跡、古墳、石造物が村内に点在しています。石舞台古墳や高松塚古墳、飛鳥寺などを訪ねる人が多く、農業と歴史遺産を生かした観光が営まれています。村全体の歴史的風土を守りながら、暮らしと景観を受け継いでいます。
今の明日香村の区域の人口は、2020年の国勢調査で5,179人です。今の区域で数えた1980年の6,987人とくらべると25.9%減り、人口は1990年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.2%です。
主な産業:農業と歴史遺産を生かした観光が営まれ、いちごや古代米などを生産しています。
特産品・名産
- あすかルビー村の特産として親しまれるいちご
- 古代米地元の食材として料理に使われる米
- 飛鳥鍋鶏肉と野菜を牛乳のだしで煮る郷土料理
見どころ・祭り
- 石舞台古墳巨大な石室が露出する古墳
- 高松塚古墳彩色壁画で知られる古墳
- 飛鳥寺飛鳥時代の寺院の歴史を伝える
- 稲渕の棚田山あいに田が連なる里山の景観
木ツキ(ケヤキ)花タチバナ明日香村の木・花
明日香村のなりたち
明日香村(あすかむら)は、奈良県中部地域の村です。今の村の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。飛鳥村・高市村・阪合村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の明日香村になりました。
今の名前「明日香村」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
1920年の時点で、この区域の町村は高市郡に属していました。
「明日香村」という名前
「明日香」は、古代から使われてきた「あすか」の表記の一つです。『万葉集』には「明日香」と「飛鳥」の両方が登場します。1956年(昭和31年)に阪合村・高市村・飛鳥村が合併し、新しい村の名を明日香村としました。飛鳥寺のある地域には、今も大字飛鳥の名が残っています。「あすか」という言葉の語源には諸説があり、定説はありません。
まちの成り立ち
明日香村には、6世紀末から7世紀にかけて政治と文化の中心となった飛鳥の歴史が残ります。宮殿や寺院の跡、石舞台古墳をはじめとする古墳、さまざまな石造物が、田園や集落の中に点在しています。
1889年(明治22年)4月1日、町村制により高市郡に阪合村・高市村・飛鳥村が発足しました。阪合村は平田・越・真弓・御園・檜前・阿部山・大根田・栗原、高市村は岡・島庄・上居・細川・上・尾曽・畑・冬野・入谷・栢森・稲淵・阪田・祝戸・橘・立部・野口・川原の区域をまとめた村です。飛鳥村は飛鳥・豊浦・雷・小山・奥山・八釣・東山・小原から成りました。
1956年(昭和31年)7月3日、この3村が新設合併し、明日香村が誕生しました。1966年には古都保存法の対象となる「古都」に指定されます。1972年には高松塚古墳の彩色壁画が発見され、歴史遺産の保存が大きな関心を集めました。1980年には明日香法が制定され、村全体の歴史的風土の保存と、住民の暮らしを支える環境整備が進められました。古代の遺跡と棚田、里山、集落が重なり合う景観を受け継いでいます。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、高市郡阪合村・高市村・飛鳥村が発足した。種類:町村制 出典:www.asukamura.jp
- 1956年7月3日昭和31年高市郡阪合村・高市村・飛鳥村が合併し、明日香村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.nara.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。