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川上村かわかみむら

川上村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の川上村

長野県の東の端、南佐久郡にある村で、千曲川の最も上流に位置します。村の東と南は奥秩父の山々で、長野県で埼玉県と接するただ一つの自治体です。標高が高く夏も涼しいため、レタスを中心とした高原野菜の大きな産地になっています。甲武信ヶ岳や金峰山への登山口があり、国の史跡の大深山遺跡もあります。

今の川上村の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,344人です。今の区域で数えた1980年の4,632人とくらべると6.2%減り、人口は2010年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は27.5%です。

4,344人人口(2020年)
−6.2%1980年からの増減
209.61km²面積(国土地理院)
21人/km²人口密度
27.5%65歳以上の割合
4,9721980199020052020
15歳未満 10.3%15〜64歳 62.1%65歳以上 27.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:夏に出荷するレタスなどの高原野菜づくり

特産品・名産

  • レタス1950年に試作が始まった村の主力作物
  • 白菜高原野菜として作られる
  • キャベツ高原野菜として作られる

見どころ・祭り

  • 千曲川源流甲武信ヶ岳の直下にある源流
  • 大深山遺跡縄文時代の集落の跡。国の史跡
  • 金峰山日本百名山の山
  • 甲武信ヶ岳日本百名山の山
  • 川上犬県の天然記念物で村の動物

木カラマツ花シャクナゲ鳥ウグイス川上村の木・花・鳥

川上村のなりたち

川上村(かわかみむら)は、長野県東信地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに川上村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は南佐久郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
210km²今の面積

「川上村」という名前

川上村は、千曲川の最も上流にある村です。1889年(明治22年)の町村制の施行で、居倉村・原村・御所平村・大深山村・秋山村・梓山村・川端下村の7か村と、大明村のうち樋沢の区域がまとまって生まれました。「川上」という名前の由来ははっきりしていません。千曲川は甲武信ヶ岳の山頂近くに源を発し、村の中を流れ下ります。

まちの成り立ち

川上村の地域には、後期旧石器時代から縄文時代にかけての遺跡が多く残り、大深山遺跡は国の史跡に指定されています。江戸時代には幕府の領地で、御影陣屋の支配のもと8か村に分かれていました。樋沢村は1875年(明治8年)に南牧村側の板橋村と合わさって大明村となっています。

1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、居倉村・原村・御所平村・大深山村・秋山村・梓山村・川端下村と、大明村のうち樋沢の区域がまとまり、川上村が生まれました。それ以来、村の区域は変わっていません。1988年(昭和63年)2月20日には村民憲章が定められました。

村はかつて、山林に植えたカラマツの木材や苗木で暮らしを支えていました。戦後の1950年(昭和25年)にレタスが試しに作られ、1969年(昭和44年)には夏秋レタスの野菜指定産地となりました。1978年(昭和53年)にはレタスの栽培面積が1,000ヘクタールを超え、今では夏に出荷するレタスの大きな産地です。

村の東と南は奥秩父の山々で、長野県で埼玉県と境を接するただ一つの自治体です。村の一部は秩父多摩甲斐国立公園に含まれ、甲武信ヶ岳や金峰山への登山口もあります。県の天然記念物の川上犬は、村の動物にも定められています。

年表

  1. 1879年1月4日明治12年郡区町村編制法の施行により、居倉村・梓山村などの今の村域の村々は南佐久郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南佐久郡の居倉村・原村・御所平村・大深山村・秋山村・梓山村・川端下村と大明村のうち樋沢の区域をもって川上村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.nagano.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

川上村1889〜今

参考にした資料