今の平谷村
長野県の南西の端、下伊那郡にある村で、岐阜県に接します。標高1,500メートル前後の山々に囲まれ、中心部は標高900メートルほどの高原です。村の多くは矢作川の上流にあたり、愛知県とのつながりも深い村です。夏は涼しく、じゃがいもやとうもろこしが作られています。県内で最も南のスキー場や温泉施設があります。
今の平谷村の区域の人口は、2020年の国勢調査で387人です。今の区域で数えた1980年の657人とくらべると41.1%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は33.9%です。
主な産業:じゃがいも・とうもろこしなどの農業と、スキー場や温泉の観光
特産品・名産
- 平谷いも村で作られるじゃがいも
- とうもろこし高原で作られる村の特産
見どころ・祭り
- 平谷高原赤坂スキー場長野県で最も南のスキー場
- 信州平谷温泉ひまわりの湯村の温泉施設
- 道の駅信州平谷国道153号沿いの道の駅
- 雲谷寺村内の寺
平谷村のなりたち
平谷村(ひらやむら)は、長野県南信地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに波合村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は下伊那郡に属していました。
「平谷村」という名前
平谷村の名前は、江戸時代の平谷村と、三州街道の宿場だった平谷宿の名を受け継いでいます。1889年(明治22年)の町村制で、平谷は隣の波合とともに波合村の一部となりましたが、1934年(昭和9年)4月1日に波合村が二つに分かれたとき、平谷の区域が再び平谷村として独立しました。「平谷」という地名の由来ははっきりしていません。
まちの成り立ち
南北朝時代、平谷の地は熊谷氏が治めていたとされます。戦国時代には武田信玄が三河へ兵を進めるために伊那街道を整え、その道沿いに平谷宿が置かれました。江戸時代は幕府の領地で、信州と三河を結ぶ三州街道の宿場としてにぎわいました。
明治に入ると、平谷村と隣の波合村はいったん一つの村にまとめられ、1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行では、波合村・平谷村の区域で波合村が発足しました。1934年(昭和9年)4月1日、この波合村が分かれ、大字平谷の区域で平谷村が、大字浪合の区域で浪合村が生まれました。浪合村は2006年(平成18年)に阿智村に編入されましたが、平谷村はそれ以来、区域を変えずに今に至ります。
村は長野県の南西の端にあり、岐阜県に接しています。標高1,500メートル前後の山々に囲まれ、中心部の平らな土地は標高900メートルほどです。村の多くは矢作川の上流にあたり、愛知県とのつながりも深い村です。夏は涼しく冬は厳しく冷え込み、じゃがいもやとうもろこしが作られています。県内で最も南にあるスキー場や温泉施設があります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、下伊那郡の波合村・平谷村の区域で波合村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1934年4月1日昭和9年波合村が分割され、大字平谷の区域で平谷村が、大字浪合の区域で浪合村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。