今の根羽村
長野県の南西の端、下伊那郡にある村で、愛知県と岐阜県に接します。村の全体が三河湾に注ぐ矢作川の上流にあたり、西三河をうるおす明治用水の水源の森が広がるため、愛知県とのつながりが深い村です。村の大部分は森林で、スギの林業が営まれています。国の天然記念物の月瀬の大スギや、茶臼山高原があります。
今の根羽村の区域の人口は、2020年の国勢調査で852人です。今の区域で数えた1980年の1,773人とくらべると51.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は52.5%です。
主な産業:スギを中心とした林業
特産品・名産
- 根羽杉村の林業の中心のスギ材
見どころ・祭り
- 月瀬の大スギ国の天然記念物の巨木
- 茶臼山高原村の南東の高原
- 根羽峡村内の渓谷
- 釜ヶ入の甌穴川の流れが岩を削った穴
- 信玄塚武田信玄にちなむ塚
根羽村のなりたち
根羽村(ねばむら)は、長野県南信地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに根羽村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は下伊那郡に属していました。
「根羽村」という名前
根羽村の名前は、江戸時代からの根羽村の名を受け継いでいます。1875年(明治8年)1月12日に根羽村と月瀬村が合併したとき、根羽村の名がそのまま新しい村の名になりました。「根羽」という地名の由来ははっきりしていません。村は古くは三河国に属し、戦国時代に武田氏の領地となってから信濃国伊那郡に組み入れられたと伝えられています。
まちの成り立ち
古代から中世にかけて、根羽と月瀬の両村は三河国加茂郡に属していたとされます。戦国時代には信濃の関氏や下條氏の勢力が及び、元亀2年(1571年)に武田信玄の軍勢が三河の足助松山城を攻め落としたあと、両村は武田領となって信濃国伊那郡に組み入れられたと伝えられています。江戸時代は幕府の領地でした。
1875年(明治8年)1月12日、根羽村と月瀬村が合併して、改めて根羽村が生まれました。1876年(明治9年)に長野県に属し、1879年(明治12年)には下伊那郡に入っています。1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行でも、根羽村の区域がそのまま根羽村となりました。それ以来、村の区域は変わっていません。
村は長野県の南西の端にあり、愛知県と岐阜県に接しています。村の全体が三河湾に注ぐ矢作川の上流にあたり、西三河の田畑をうるおす明治用水の水源の森が広がることから、愛知県とのつながりが深い村です。村の大部分は森林で、スギの林業が営まれてきました。月瀬にある大スギは国の天然記念物に指定されています。
年表
- 1879年1月4日明治12年郡区町村編制法の施行により、根羽村は下伊那郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、下伊那郡根羽村の区域をもって根羽村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。