今の紀宝町
三重県の最南端にある町で、東紀州地域に属します。熊野川をはさんで和歌山県新宮市と向かい合い、新宮市のベッドタウンとして発展してきました。海岸の七里御浜、熊野川、御船島は世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産です。鵜殿には製紙工場があり、内陸の相野谷地区には相野谷川が流れます。
今の紀宝町の区域の人口は、2020年の国勢調査で10,321人です。今の区域で数えた1980年の12,177人とくらべると15.2%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.6%です。
主な産業:鵜殿に製紙工場があります。マイヤーレモンの主要産地で、御浜町と合わせて国内生産量の約9割を占めるとされます。
特産品・名産
- マイヤーレモン御浜町と合わせて国内生産量の約9割を占めるとされる
見どころ・祭り
- 道の駅紀宝町ウミガメ公園ウミガメ資料館やウミガメプールがある
- 御船島熊野速玉大社の境内地。熊野速玉祭で早船競漕
- 七里御浜・熊野川「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産構成要素
- 飛雪の滝町内の滝
- 大里親水公園相野谷川を利用した自然プール
木ウバメガシ花カンラン、スイセン紀宝町の木・花
紀宝町のなりたち
紀宝町(きほうちょう)は、三重県東紀州地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。相野谷村・御船村・井田村・鵜殿村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の紀宝町になりました。
今の名前「紀宝町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の御船村が約35km²だったのに対し、今の紀宝町は約78km²と、およそ2.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は南牟婁郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧鵜殿村の区域には鵜殿駅(紀勢本線)があります。
「紀宝町」という名前
「紀宝」は、1954年に井田村・御船村・相野谷村が合併したときに新しくつけられた町名で、どの旧村の名でもありません。名前の由来をはっきり記した資料は確認できませんでした。2006年に鵜殿村と合併した際も、この町名が引き継がれました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の町域には宇和野村・御船村・相野谷村の三つの村ができました。宇和野村は井田・神内・鵜殿の三村をまとめた村でしたが、1894年(明治27年)2月13日に分かれ、鵜殿に鵜殿村、井田と神内に井田村が生まれています。昭和の大合併では、1954年(昭和29年)10月31日に井田村・御船村・相野谷村が合併して紀宝町が発足しました。熊野川の河口にある鵜殿村はこの合併に加わらず、村のまま残りました。平成の大合併で2006年(平成18年)1月10日に紀宝町と鵜殿村が合併し、改めて紀宝町が発足しています。この合併で、三重県から村がなくなりました。役場は旧鵜殿村役場の建物を使っています。JR紀勢本線の鵜殿駅・紀伊井田駅の駅名に旧村名が残ります。熊野川をはさんで和歌山県新宮市と向かい合い、市外局番も新宮市と同じ0735です。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南牟婁郡に宇和野村(井田・神内・鵜殿)・御船村・相野谷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1894年2月13日明治27年宇和野村が分割され、鵜殿に鵜殿村、井田・神内に井田村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1954年10月31日昭和29年南牟婁郡の井田村・御船村・相野谷村が合併して紀宝町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 2006年1月10日平成18年紀宝町と鵜殿村が合併して、改めて紀宝町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。