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芦屋市あしやし

芦屋市は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている市です。

1町村から

今の芦屋市

兵庫県南東部、神戸市と西宮市の間にある市です。北には六甲山地、南には大阪湾があり、山から芦屋川と宮川が海へ流れます。鉄道沿線や山麓には住宅地が広がり、川沿いの松並木や桜が街並みを彩ります。南部には芦屋浜・南芦屋浜の住宅地と公園があります。大阪・神戸に近い住宅都市として育ち、谷崎潤一郎記念館や美術博物館など、文学と美術の文化施設が点在しています。

今の芦屋市の区域の人口は、2020年の国勢調査で93,922人です。今の区域で数えた1980年の81,745人とくらべると14.9%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.0%です。

93,922人人口(2020年)
+14.9%1980年からの増減
18.47km²面積(国土地理院)
5,085人/km²人口密度
30.0%65歳以上の割合
95,3501980199020052020
15歳未満 12.4%15〜64歳 57.5%65歳以上 30.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:住宅都市を背景に、小売業や生活を支えるサービス業が中心となっています。

特産品・名産

  • フィナンシェ市内の洋菓子づくりを伝える焼き菓子
  • チョコレート市の返礼品にも挙がる洋菓子
  • 紅茶市の返礼品として紹介される産品

見どころ・祭り

  • ロックガーデン六甲山地の岩場を歩く登山の地域
  • 芦屋市立美術博物館芦屋にゆかりの美術と歴史を紹介
  • 谷崎潤一郎記念館芦屋に暮らした作家の資料を伝える施設
  • 旧山邑家住宅フランク・ロイド・ライト設計の住宅

木クロマツ花コバノミツバツツジ芦屋市の木・花

芦屋市のなりたち

芦屋市(あしやし)は、兵庫県阪神南地域の市です。1920年(大正9年)の時点ですでに精道村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい市です。

1920年の時点で、この区域の町村は武庫郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
18km²今の面積

「芦屋市」という名前

「芦屋」は古くから六甲山地南側の海岸地域に使われた名です。アシで屋根を葺いた家にちなむ説と、「や」を谷や低地の意味とし、アシの生える湿地を表すとする説があります。1889年に4村が合併した際は、精道小学校にちなむ「精道村」が選ばれました。1940年の市制施行では、再び古来の芦屋の名が採用されています。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日、打出村・芦屋村・三条村・津知村の区域を中心に、菟原郡精道村が発足しました。村名を決める際、芦屋と打出の双方が自村の名を主張したため、精道小学校の名を採ったと伝えられています。「精道」は、学問に励み道を修める「養精修道」にちなむ校名です。1896年には郡の再編で武庫郡の所属となりました。明治後期から大正期にかけて鉄道が整い、大阪や神戸に通う人々の住宅地として発展します。海と山の近い環境に住宅や別荘が建ち、文学や美術にかかわる人々も暮らすようになりました。1940年11月10日、精道村は市制を施行し、芦屋市となりました。1951年には芦屋国際文化住宅都市建設法が公布され、文化住宅都市としてのまちづくりが進められます。南部では海岸の埋め立てによって住宅地や公園が整備されました。1995年の阪神・淡路大震災では大きな被害を受け、その後の復興を通じて街並みが再建されました。旧4村の名は、打出・三条・津知などの地名に今も残っています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制により、菟原郡打出村・芦屋村・三条村・津知村の飛地を除く区域と深江村の飛地が合併して精道村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年菟原郡精道村が武庫郡の所属となった。種類:郡の変更 出典:www.sichouyouran.jp
  3. 1940年11月10日昭和15年武庫郡精道村が市制を施行し、芦屋市となった。種類:市制施行 出典:www.sichouyouran.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

精道村→芦屋市1889〜今

参考にした資料