今の知内町
渡島半島の南西部にあり、東は津軽海峡に面し、西と南は山地の町です。町の中心を知内川が東西に流れ、下流域に市街地があります。川と海岸に沿って国道228号が走ります。湯の里地区には青函トンネルの北海道側の坑口があります。基幹産業は稲作、漁業、林業などで、カキやホタテ、コンブなどの養殖が行われ、元町地区には発電所があります。
今の知内町の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,167人です。今の区域で数えた1980年の7,363人とくらべると43.4%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.6%です。
主な産業:稲作、漁業(カキ・ホタテ・コンブ・ウニの養殖)、林業が中心です。
特産品・名産
- ニラ町を代表する特産品の一つ
- カキ養殖漁業の対象
- ホタテ養殖漁業の対象
見どころ・祭り
- 松前・矢越道立自然公園津軽海峡側に広がる自然公園
- 知内温泉町内の温泉
- 湯の里4遺跡旧石器時代の遺物が出土した遺跡
- 知内公園の姥杉公園の神木
木スギ花ニラ鳥タカ知内町の木・花・鳥
知内町のなりたち
知内町(しりうちちょう)は、北海道渡島地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに知内村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は上磯郡に属していました。
「知内町」という名前
「知内」は、アイヌ語の「チリオッイ」(鳥が群れ集まるところの意)が転訛した名とされます。昔このあたりは鷹の名所で、松前藩の主要な財源の一つだった徳川将軍家への鷹狩り用の鷹の半数以上を、知内で捕らえたといわれます。1906年(明治39年)に知内村が発足し、1967年(昭和42年)に町制を施行して知内町になりました。
まちの成り立ち
知内には、元久2年(1205年)に甲斐の国の領主の荒木大学が砂金を採るために渡ってきたとする伝承があります。町内の湯の里4遺跡からは旧石器時代の遺物が出土し、その遺物は1991年(平成3年)に重要文化財に指定されました。この遺跡には、人の墓としては日本最古と見なされる遺構が含まれます。1888年(明治21年)5月に知内村外1村戸長役場が置かれました。1906年(明治39年)4月1日に二級町村制が施行され、小谷石村・涌元村・知内村が合わさって知内村が発足しました。1929年(昭和4年)12月に大字名が廃止され、1967年(昭和42年)10月1日に町制を施行して知内町になりました。湯の里地区には、青函トンネルの北海道側の坑口があります。町内ではカキやホタテ、コンブなどが養殖されています。町内には中ノ川・涌元・小谷石の漁港があり、元町地区には北海道電力の知内発電所(総出力70万kW)が立地しています。
年表
- 1906年4月1日明治39年小谷石村・涌元村・知内村をあわせて北海道二級町村制が施行され、知内村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1967年10月1日昭和42年知内村が町制を施行し、知内町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。