今の羅臼町
知床半島を斜里町と二分する町で、根室海峡をはさんで国後島と向き合います。海岸線から標高差が大きく、平地は川沿いと海岸沿いに限られ、集落もそこにあります。漁業が中心の町で、就業者の6割以上が水産関連の仕事に就いています。秋サケ、イカ、スケトウダラ、コンブ、ホッケが主な魚種です。海洋深層水の取水施設もあります。
今の羅臼町の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,722人です。今の区域で数えた1980年の8,299人とくらべると43.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は31.5%です。
主な産業:漁業が中心で、サケ・イカ・コンブなどの水産業と水産加工業です。
特産品・名産
- 羅臼昆布手間をかけて熟成させる希少な昆布
- 秋鮭羅臼の海で獲れる主な魚
- エゾバフンウニ厳冬期から春に行われるウニ漁
- 真ほっけ羅臼の海で獲れる魚
見どころ・祭り
- 羅臼国後展望塔国後島を望む高台の展望塔
- 羅臼のひかりごけ道指定の天然記念物
- 羅臼の間歇泉道指定の天然記念物
- 熊越の滝町内の滝
- 羅臼温泉町内の温泉
羅臼町のなりたち
羅臼町(らうすちょう)は、北海道根室地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに植別村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は目梨郡に属していました。
「羅臼町」という名前
「羅臼」は、アイヌ語の「ラウシ」に由来しますが、解釈は分かれます。昔、シカやクマなどの獲物をここで解体したため、その内臓や骨があった場所という意味とする説がよく知られています。このほか「低いところ」と解する説もあり、もとは「低いところにある川」の意味で、のちに内臓の意味に解されたのではないかとする見方もあります。1930年(昭和5年)に植別村から羅臼村に名前を改め、1961年(昭和36年)に羅臼町となりました。
まちの成り立ち
羅臼の漁場は、1790年(寛政2年)に根室場所が開かれたことで開けました。1816年(文化13年)に根室場所が高田屋喜兵衛ら4人の共同請負となると、羅臼の漁場づくりが進みました。1869年(明治2年)には、佐藤久右エ門が野付郡別海村から漁業の指導に来ています。1879年(明治12年)に標津村外6村戸長役場の管轄となり、1901年(明治34年)9月に標津の戸長役場から分かれて、植別村戸長役場が置かれました。1923年(大正12年)4月1日に二級町村制が施行されて植別村となり、1930年(昭和5年)7月1日に羅臼村と名前を改めました。1961年(昭和36年)8月1日に町制を施行して羅臼町になりました。町は知床半島を斜里町と二分し、根室海峡をはさんで国後島と向き合います。平地が少ないため、集落は海岸沿いと川沿いに並んでいます。昆布やサケ、ウニなどの漁業が町を支え、2005年(平成17年)には知床が世界自然遺産に登録されました。
年表
- 1923年4月1日大正12年目梨郡の植別村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1930年7月1日昭和5年植別村が名前を改め、羅臼村となった。種類:改称 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1961年8月1日昭和36年羅臼村が町制を施行し、羅臼町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。