今の中札内村
十勝平野の南西部にある村です。西部は日高山脈襟裳十勝国立公園に入り、日高山脈から流れ出る札内川が村の中を通ります。札内川の上流にはケショウヤナギの群生地があります。基幹産業は農業で、有機農業の村を宣言しています。十勝幌尻岳は国の名勝「ピㇼカノカ」の一つです。村内には六花の森や中札内美術村があります。
今の中札内村の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,884人です。今の区域で数えた1980年の3,785人とくらべると2.6%ふえ、人口は1995年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は28.8%です。
主な産業:農業が基幹産業で、有機農業による農畜産物を生産しています。
特産品・名産
- 豆類村章に主産物の豆が図案化されている
- 有機農畜産物1985年に有機農業の村を宣言
- 六花亭の菓子村内に六花亭の工場が立地
見どころ・祭り
- 六花の森花と美術の庭園
- 中札内美術村美術館が点在する
- ピョウタンの滝札内川園地にある滝
- 道の駅なかさつない豆資料館や開拓記念館がある
木カシワ花スズラン鳥ヒバリ中札内村の木・花・鳥
中札内村のなりたち
中札内村(なかさつないむら)は、北海道十勝地方の村です。
1920年の時点で、この区域の町村は河西郡に属していました。
「中札内村」という名前
「中札内」は、アイヌ語の「サチナイ」(乾いた川の意)が変わった「札内」に由来する名です。札内川の中流にあることから、鉄道の駅が「中札内駅」と名付けられ、のちに分村するときに村名となりました。1947年(昭和22年)9月1日に大正村から分かれて、中札内村が生まれました。
まちの成り立ち
中札内の開拓は、1905年(明治38年)に始まりました。1929年(昭和4年)には国鉄広尾線の帯広と中札内の間が開通し、中札内駅が開業しています。1947年(昭和22年)9月1日、大正村を分割して中札内村と更別村が置かれました。このとき、大正村の幸震村・売買村と幕別村の一部にあたる地域が中札内村になりました。1960年(昭和35年)1月20日には大字名が廃止され、字の名称が改められました。1968年(昭和43年)には村民憲章と村歌が定められ、1977年(昭和52年)には村の花・木・鳥が決まりました。1981年(昭和56年)には日高山脈襟裳国定公園が指定され、村の西部が公園に入りました。1985年(昭和60年)には「有機農業の村」を宣言しています。1986年(昭和61年)2月1日に町・字の区域が新しく設けられました。1987年(昭和62年)に広尾線は廃止されました。今も合併せず、単独の村として続いています。
年表
- 1902年4月明治35年河西郡で北海道二級町村制が施行され、今の中札内村の区域を含む幸震村・売買村などが発足した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1915年4月1日大正4年上帯広村・幸震村・売買村が合併し、大正村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1939年4月1日昭和14年大正村が北海道一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1947年9月1日昭和22年河西郡大正村が分割され、中札内村と更別村が置かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。