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東神楽町ひがしかぐらちょう

東神楽町は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている町です。

0町村から

今の東神楽町

上川盆地にある町で、石狩川の支流の上流域にゆるやかな丘陵が広がります。南北に約6km、東西に約22kmと細長く、町の総面積の半分以上が農地です。町の東の端には忠別ダムがあり、忠別川などが流れています。稲作を中心に、アスパラガスやホウレンソウなどの野菜も作られています。旭川空港が町内にあり、家具の生産地でもあります。

今の東神楽町の区域の人口は、2020年の国勢調査で10,127人です。今の区域で数えた1980年の5,425人とくらべると86.7%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.0%です。

10,127人人口(2020年)
+86.7%1980年からの増減
76.3km²面積(概算)
133人/km²人口密度
29.0%65歳以上の割合
10,2331980199020052020
15歳未満 15.3%15〜64歳 55.8%65歳以上 29.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:稲作を中心に野菜を栽培する農業と、旭川家具の生産、工業団地の企業が中心です。

特産品・名産

  • グリーンアスパラ町の農産物
  • ホウレンソウ町の農産物
  • 旭川家具町内でも生産される

見どころ・祭り

  • ひがしかぐら森林公園森のゆ花神楽やキャンプ場がある
  • 森のゆ花神楽森林公園内の施設
  • ひがしかぐら花まつり毎年8月に開かれる

木イチイ花ツツジ鳥ヒバリ東神楽町の木・花・鳥

東神楽町のなりたち

東神楽町(ひがしかぐらちょう)は、北海道上川地方の町です。

1920年の時点で、この区域の町村は上川郡に属していました。

01920年の町村の数
0回合併・編入の回数
76km²今の面積

「東神楽町」という名前

「東神楽」は、1943年(昭和18年)に神楽村から分かれて東神楽村になったとき、母村の東側にあることから付いた名です。「神楽」はアイヌ語の「ヘッチェウシ」(囃し立てるところ、または神々が遊ぶところの意)を意訳した地名とする説があります。1966年(昭和41年)1月1日の町制施行で東神楽町になりました。

まちの成り立ち

東神楽の土地は、1888年(明治21年)に帝室御料地に定められ、翌年に農区が区画されました。1890年(明治23年)11月には世伝御料地になり、1891年(明治24年)に帝室林野局上川出張所が置かれました。1892年(明治25年)2月に神楽村が置かれ、1909年(明治42年)4月1日に二級町村制を施行しました。1929年(昭和4年)4月1日に一級町村制となり、1943年(昭和18年)4月1日に神楽村から分かれて東神楽村となりました。1950年(昭和25年)には旭川市との境界が変わり、一部が分けられました。1966年(昭和41年)1月1日に町制を施行し、現在の東神楽町になりました。母村の神楽村は、のちに神楽町となり、今は旭川市の神楽地区になっています。稲作を中心とした農業が行われ、旭川空港に近い東神楽工業団地には各種の企業が進出しています。町内には旭川空港があり、東の端には忠別ダムがあります。

年表

  1. 1909年4月1日明治42年今の東神楽町の区域を含む神楽村が、北海道二級町村制を施行した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  2. 1929年4月1日昭和4年神楽村が北海道一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  3. 1943年4月1日昭和18年神楽村の東部が分かれ、東神楽村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  4. 1950年4月1日昭和25年旭川市との境界変更で、東神楽村の一部が旭川市に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  5. 1966年1月1日昭和41年東神楽村が町制を施行し、東神楽町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

東神楽村→東神楽町1889〜今

参考にした資料