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川場村かわばむら

川場村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の川場村

群馬県北東部、武尊山の南麓に広がる農山村です。薄根川などが村を流れ、山裾から湧く水が田畑を潤します。川場産こしひかりの雪ほたかや果樹栽培で知られ、道の駅川場田園プラザには農産物直売や食品づくりの施設が集まります。山側にはスキー場や温泉があり、農業と観光が結びついています。東京都世田谷区との縁組協定による都市と農村の交流も続いている村です。

今の川場村の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,480人です。今の区域で数えた1980年の3,905人とくらべると10.9%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は45.0%です。

3,480人人口(2020年)
−10.9%1980年からの増減
85.25km²面積(国土地理院)
41人/km²人口密度
45.0%65歳以上の割合
4,2731980199020052020
15歳未満 10.4%15〜64歳 44.6%65歳以上 45.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:米・果樹などの農業に、道の駅やスキー場・温泉の観光、森林資源を生かした林業を結びつけています。

特産品・名産

  • 雪ほたか(米)
  • りんご
  • ヨーグルト

見どころ・祭り

  • 道の駅川場田園プラザ農業と観光を結ぶ拠点
  • 川場スキー場武尊山麓のスキー場
  • 川場村歴史民俗資料館国登録有形文化財
  • 武尊山村の北にそびえる山

木ひめこまつ花しゃくなげ川場村の木・花

川場村のなりたち

川場村(かわばむら)は、群馬県利根沼田地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに川場村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は利根郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
85km²今の面積

「川場村」という名前

「川場」の名は、川の多い場所であることに由来します。武尊山の南麓にある村には薄根川をはじめとする川が流れ、各地区の山裾から伏流水も湧き出します。その水が田畑や集落を潤してきました。1889年(明治22年)4月1日に村が発足した後も川場村の名は変わらず、現在は清流を生かした米づくりと観光を結ぶ田園の村として歩んでいます。

まちの成り立ち

川場村は武尊山南麓の川沿いに農村が育った地域です。天神城址や吉祥寺の山門・仏像などが残り、門前春駒や繭かき唄には、集落の信仰や養蚕の暮らしが受け継がれています。山裾から湧く伏流水と、山を源とする川が農地を潤し、米や果樹、こんにゃくなどの生産を支えてきました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、利根郡川場村が発足しました。その後は他の市町村と合併せず、村として歩んでいます。

1981年(昭和56年)には東京都世田谷区と縁組協定を結び、都市と農村の交流が始まりました。文化・教育・スポーツや農業などの交流が村民と区民の間に広がり、世田谷区民健康村もその拠点となっています。

村では農業と観光を結ぶ取り組みが進み、道の駅川場田園プラザに農産物の直売や食品づくりの施設が集まりました。川場産こしひかりは雪ほたかの名でブランド化され、地酒や地ビール、ヨーグルト、ハムなどもつくられています。林業では製材や木材チップによる発電、その熱を利用したいちご栽培が行われています。川場スキー場や温泉、武尊山の自然とともに、田園の仕事と観光が村を支えています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、利根郡川場村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.gunma.jp
  2. 1981年川場村と東京都世田谷区が縁組協定を締結し、都市と農村の交流を始めた。種類:その他 出典:www.pref.gunma.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

川場村1889〜今

参考にした資料