今の片品村
群馬県北東部、新潟・福島・栃木の各県に接する山村です。片品川と支流の谷に集落が点在し、周囲には武尊山、日光白根山、至仏山などが連なります。尾瀬の湿原や丸沼・菅沼の湖、山岳の景色に恵まれ、温泉やスキー場もあります。夏の冷涼な気候を生かした高原野菜の栽培が行われ、登山や湿原散策、冬のスキーなど、四季を通じて自然に親しむ人々を迎えています。
今の片品村の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,993人です。今の区域で数えた1980年の6,134人とくらべると34.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.3%です。
主な産業:トマトやだいこんなどの高原野菜栽培と、尾瀬・山岳・スキー場・温泉の観光が盛んです。
特産品・名産
- とうもろこし
- トマト
- 花豆
見どころ・祭り
- 尾瀬国立公園の湿原と山々
- 丸沼国重要文化財の堰堤がある湖
- 菅沼山間に広がる湖
- 日光白根山村を囲む高峰
木しらかば花みずばしょう鳥やまどり片品村の木・花・鳥
片品村のなりたち
片品村(かたしなむら)は、群馬県利根沼田地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに片品村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は利根郡に属していました。
「片品村」という名前
「片品」の名は、古代の利根郡にあった笠科郷の名が転じたものと伝えられています。笠科は「かさしな」と読まれ、笠郷という呼び方から現在の片品になったという伝承です。1889年(明治22年)の町村制施行で十二村がまとまって片品村が発足しました。村を流れる片品川にも同じ名が使われ、昭和・平成の大合併を経た現在まで、村名が受け継がれています。
まちの成り立ち
片品村では縄文時代中期から人々が暮らし、各地に土器や住居の痕跡が残っています。古代には利根郡の笠科郷があり、鎌倉時代には大友氏、のちに沼田氏などが地域を支配しました。戦国時代の上杉・北条・武田の争いを経て、真田昌幸とその一族が利根地方を治めるようになります。戸倉には関所が置かれ、山を越える人々の往来を取り締まりました。
江戸時代には金井沢の金山、たばこ栽培、木工業、養蚕など多様な産業が営まれました。沼田藩は真田氏の後、奥平氏・本多氏・土岐氏の支配を受け、山村の人々は農林業を続けてきました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、須賀川組と越本組の十二村が合併し、利根郡片品村が誕生しました。発足後には東村から幡谷の区域が加わりました。その後は他の市町村と合併せず、一つの村として歩んでいます。
片品川と支流の谷には集落や高原野菜の畑が点在し、トマトやだいこん、とうもろこしなどが育ちます。尾瀬の湿原、至仏山や日光白根山、丸沼・菅沼などを目指す人々が訪れ、冬にはスキー場と温泉がにぎわいます。花咲の猿追い祭りやにぎりっくらなどの民俗行事も残り、山の自然と山村の暮らしが並ぶ村になっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、須賀川組と越本組の十二村が合併し、利根郡片品村が発足した。種類:町村制 出典:www.vill.katashina.gunma.jp
- 1950年12月昭和25年大字東小川から鎌田が分かれ、新しい大字として発足した。種類:その他 出典:vill.katashina.gunma.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。