愛媛県 › 愛南町

愛南町あいなんちょう

1920年には7の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の愛南町になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の愛南町

愛媛県の最南端にある、リアス式海岸の町です。山地がそのまま海に落ち込み、僧都川の河口に小さな平野が開けて、役場のある城辺地区があります。海岸の多くは足摺宇和海国立公園に面し、気候は一年を通して温暖です。内海湾や宿毛湾では、真珠母貝や魚、カキなどの養殖が行われています。カツオの水揚げ港があり、柑橘類の栽培も盛んです。

今の愛南町の区域の人口は、2020年の国勢調査で19,601人です。今の区域で数えた1980年の33,800人とくらべると42.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は45.7%です。

19,601人人口(2020年)
−42.0%1980年からの増減
238.94km²面積(国土地理院)
82人/km²人口密度
45.7%65歳以上の割合
33,8001980199020052020
15歳未満 8.1%15〜64歳 46.2%65歳以上 45.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:真珠母貝やタイ・ハマチなどの養殖、カツオ漁と、柑橘類やブロッコリーの農業が中心です。

特産品・名産

  • カツオ2005年に定めた町の魚
  • 真珠町の名物・特産品に挙げられる
  • 愛南ゴールド河内晩柑の町での呼び名

見どころ・祭り

  • 観自在寺四国八十八箇所の40番札所
  • 外泊の石垣の里西海地域にある石垣の集落
  • 由良岬内海地域にある岬
  • 須ノ川公園須ノ川海岸に面した公園

木ウバメガシ花アケボノツツジ鳥メジロ愛南町の木・花・鳥

愛南町のなりたち

愛南町(あいなんちょう)は、愛媛県南予の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。緑僧都村・東外海村・内海村・一本松村・御荘村・城辺村・西外海村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の愛南町になりました。

今の名前「愛南町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の一本松村が約70km²だったのに対し、今の愛南町は約232km²と、およそ3.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は南宇和郡に属していました。

71920年の町村の数
4回合併・編入の回数
239km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

「愛南町」という名前

「愛南」は、愛媛県の南に位置する町であることを表した名です。ここに住む人たちが町を愛し、地域や人を愛して、みんなが仲良く助け合う元気な町になってほしいという願いも込められています。2004年(平成16年)10月1日に、南宇和郡の4町1村が合併して愛南町が誕生しました。

まちの成り立ち

現在の町域は、かつての南宇和郡にあたります。1889年(明治22年)12月15日の町村制で、内海村・御荘村・城辺村・緑僧都村・東外海村・西外海村・一本松村の7村が生まれました。御荘村と城辺村は1923年(大正12年)2月11日に町制を施行し、御荘町と城辺町になっています。1948年(昭和23年)には内海村の一部が分かれて南内海村ができ、別の一部は御荘町に移りました。1952年(昭和27年)には東外海村が東外海町、西外海村が西海町となり、緑僧都村は城辺町と合わさりました。1956年(昭和31年)には、東外海町が城辺町と合わさり、南内海村が御荘町と合わさっています。一本松村は1962年(昭和37年)1月1日に町制を施行して一本松町になりました。2004年(平成16年)10月1日、内海村・御荘町・城辺町・一本松町・西海町の4町1村が新設合併し、愛南町が発足しました。愛媛県の最南端にあたり、僧都川の流域に平野が開けて御荘と城辺の市街地ができています。海岸部のほとんどは足摺宇和海国立公園に面しています。旧内海村は真珠母貝の養殖で知られます。

年表

  1. 1889年12月15日明治22年町村制の施行により、南宇和郡に内海村・御荘村・城辺村・緑僧都村・東外海村・西外海村・一本松村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1923年2月11日大正12年南宇和郡の御荘村が町制を施行して御荘町に、城辺村が町制を施行して城辺町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
  3. 1948年11月3日昭和23年南宇和郡内海村の一部(中浦・猿鳴・高畑・赤水・防城成川と平山のうち大島)が分かれて南内海村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.ehime.jp
  4. 1948年11月3日昭和23年南宇和郡内海村のうち平山(大島を除く)と深泥が御荘町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
  5. 1952年4月1日昭和27年南宇和郡東外海村が町制を施行して東外海町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
  6. 1952年9月1日昭和27年南宇和郡の城辺町と緑僧都村が合併し、改めて城辺町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
  7. 1952年10月1日昭和27年南宇和郡西外海村が町制を施行し、西海町と改称した。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
  8. 1956年9月21日昭和31年南宇和郡の城辺町と東外海町が合併し、改めて城辺町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
  9. 1956年9月30日昭和31年南宇和郡の御荘町と南内海村が合併し、改めて御荘町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
  10. 1962年1月1日昭和37年南宇和郡一本松村が町制を施行して一本松町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
  11. 2004年10月1日平成16年南宇和郡の内海村・御荘町・城辺町・一本松町・西海町が合併し、愛南町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

愛南町2004〜今
内海村1889〜2004
一本松村→一本松町1889〜2004
御荘村→御荘町1889〜2004
南内海村1889〜1956
城辺村→城辺町1889〜2004
東外海村→東外海町1889〜1956
緑僧都村1889〜1952
西外海村→西海町1889〜2004

参考にした資料