今の長柄町
房総半島のほぼ中央、長生郡の西端に位置する丘陵の町です。北西部には山林や畑が広がり、南部は水田を中心とする地域で、一宮川の上流にあたります。長柄村・日吉村と、水上村から深沢・笠森を除いた区域が合併して成立しました。長柄ダムは周辺地域の水源として使われています。旧村ごとの地域を引き継ぎ、丘陵の自然と水を供給する役割を持つ町として歩んでいます。
今の長柄町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,721人です。今の区域で数えた1980年の7,487人とくらべると10.2%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は44.1%です。
主な産業:米や野菜の農業、食品製造と里山の滞在型観光が営まれています。
特産品・名産
- 自然薯町内で栽培される粘りの強い芋です。
- ながら長生き味噌地元の素材を生かす加工品です。
- イチジク町内で栽培される特産の果実です。
見どころ・祭り
- 長柄ダム丘陵に囲まれるアース式ダムです。
- リソルの森宿泊や温泉、運動施設を備えます。
- 長柄横穴群斜面に墓を掘った国指定史跡です。
木ウメ長柄町の木
長柄町のなりたち
長柄町(ながらまち)は、千葉県長生地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。日吉村・水上村・長柄村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の長柄町になりました。
今の名前「長柄町」は、1920年にあった長柄村の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の長柄村が約26km²だったのに対し、今の長柄町は約47km²と、およそ1.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は長生郡に属していました。
「長柄町」という名前
長柄町は、1955年に長柄村・日吉村・水上村が合併したとき、新しい自治体の名前として長柄を採用しました。旧長柄村は1889年に上長柄村として発足し、1897年に長柄村へ改称した村です。長柄の呼び名は、昭和の新町成立より前から自治体名に使われていました。語源ははっきりしていません。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制で、長柄郡に上長柄村・日吉村・水上村が発足しました。1897年4月に長柄郡と上埴生郡が統合され、三村は長生郡に属しました。同年6月4日、上長柄村は長柄村へ改称しました。
1955年4月1日、水上村の深沢と笠森は長南町へ編入されました。その後、同年4月29日に長柄村・日吉村・水上村の残る区域が合併し、長柄町が発足しました。水上村全体が合併当日に新町へ入ったのではなく、一部の地域が先に隣町へ移ったうえでの新設合併です。
新町の役場は旧長柄村役場に置かれ、日吉と水上の旧村には出張所を設けました。1963年には現在の場所へ庁舎を新築し、二つの出張所を廃止しました。合併後には町の行政を担う拠点が整備されました。
長柄は房総半島のほぼ中央にある丘陵の町です。北西部には山林や畑があり、南部には水田を中心とする地域が広がっています。1985年には長柄ダムが完成し、周辺地域の水源としての役割を担うようになりました。旧三村の地域を合わせた町は、丘陵と川の上流域の自然、周辺へ水を供給する役割を持ちながら行政を続けています。
年表
- 1889年4月1日明治22年長柄郡に上長柄村・日吉村・水上村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年長柄郡と上埴生郡が統合され、上長柄村・日吉村・水上村が長生郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1897年6月4日明治30年上長柄村が長柄村に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年水上村の深沢・笠森が長南町に編入された。種類:一部編入 出典:www.town.nagara.chiba.jp
- 1955年4月29日昭和30年長柄村・日吉村・水上村の残部が合併して長柄町となった。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。