今の東成瀬村
秋田県の南東の端にある村です。東は奥羽山脈を境に岩手県、南は宮城県と接し、成瀬川に沿って南北に細長く広がります。面積の9割あまりが山地で、冬は深い雪に覆われる豪雪地です。県境の山々は栗駒国定公園に含まれ、栗駒山のふもとには須川温泉があります。農業では米のほか、涼しい気候を生かした野菜や花、畜産が営まれています。
今の東成瀬村の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,704人です。今の区域で数えた1980年の4,011人とくらべると32.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.8%です。
主な産業:米づくりと、涼しい気候を生かした野菜・花・畜産、林業が営まれています。
特産品・名産
- 日本短角種(赤べこ)村事業で増頭を進める短角牛
- リンドウ平成27年から取り組む花きの生産
- 有機米環境にやさしい方法で作られる米
見どころ・祭り
- 栗駒国定公園(栗駒山・秣岳)村域にかかる山岳と湖沼の公園
- 天正の滝自然公園郷土の森と天正の滝がある公園
- 赤滝能恵姫伝説が残る滝
- 須川温泉栗駒山の温泉。冬期間は閉鎖
木スギ花ヤマユリ鳥ヤマドリ東成瀬村の木・花・鳥
東成瀬村のなりたち
東成瀬村(ひがしなるせむら)は、秋田県県南の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに東成瀬村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は雄勝郡に属していました。
「東成瀬村」という名前
「東成瀬」という村名の由来は、はっきりしていません。村は成瀬川に沿って開けており、川の下流側には西成瀬村(今の横手市増田町の一部)がありました。1889年(明治22年)に田子内村・岩井川村・椿川村がひとつになって村が生まれたときに、東成瀬村の名がつけられています。
まちの成り立ち
東成瀬村は秋田県の南東の端にあり、東は奥羽山脈を境に岩手県と、南は宮城県と接しています。成瀬川が山あいを北へ流れ、村はその流れに沿って南北に細長く開けています。面積の9割あまりが山地で、冬は5か月近く雪に覆われます。
1876年(明治9年)に手倉川原村・椿台村・桧山台村がひとつになって椿川村ができました。1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、田子内村・岩井川村・椿川村がまとまり、雄勝郡東成瀬村が発足します。初代村長が就任した5月10日は、のちに「村の日」とされました。
東成瀬村は昭和の大合併でも平成の大合併でも合併せず、発足したときの区域のまま今に至っています。平成の大合併のころには、湯沢市と雄勝郡の町村による合併の話し合いに加わらない方針を決めました。2005年(平成17年)に雄勝郡の稲川町・雄勝町・皆瀬村が湯沢市と合併したあと、雄勝郡は羽後町と東成瀬村の2町村になっています。村内には成瀬ダムが建設されています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、田子内村・岩井川村・椿川村の区域で雄勝郡東成瀬村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 2005年3月22日平成17年雄勝郡の稲川町・雄勝町・皆瀬村が湯沢市と合併し、雄勝郡に残る町村は羽後町と東成瀬村だけとなった。種類:その他 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。