11911〜1914年
開業
1911年から1914年にかけて、足尾線の約44kmの線路が開業した。桐生・相老・大間々・花輪・水沼などの駅が、このころ開業している。
路線クロニクル
わたらせ渓谷線は、群馬県の桐生から栃木県の間藤までを渡良瀬川ぞいに走る、わたらせ渓谷鐵道の路線である。もとは足尾銅山の物資を運ぶ国鉄の足尾線であった。
栃木県の足尾には、日本を代表する銅山があった。足尾銅山でとれた銅や、必要な物資を運ぶために建設されたのが、足尾線である。私鉄の足尾鉄道によって、1911年から1914年にかけて桐生から間藤まで開業した。
線路は渡良瀬川の谷ぞいを進む。国土数値情報の記録では、桐生、相老、大間々、花輪、水沼などが1911年から1912年ごろに開業し、1914年に終点の間藤ができた。
足尾鉄道は1918年に国有化されて足尾線となり、1987年にJR東日本の路線になった後、1989年に第三セクターのわたらせ渓谷鐵道に引き継がれた。
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11911〜1914年
1911年から1914年にかけて、足尾線の約44kmの線路が開業した。桐生・相老・大間々・花輪・水沼などの駅が、このころ開業している。
21949年
1949年、国の鉄道は日本国有鉄道(国鉄)となり、この路線も国鉄の線になった。
31973年
1973年、約7kmの線路が開業した。
41973年
1973年、約7kmの区間が廃止された。草木の駅もなくなった。
51987〜1989年
1987年4月、国鉄の分割民営化で、この路線はJR東日本の路線となった。1989年、JRの足尾線は第三セクターのわたらせ渓谷鐵道に引き継がれ、わたらせ渓谷鐵道 わたらせ渓谷線として再出発した。
6いま
いまはわたらせ渓谷鐵道の路線として、地図データの上で約44km、17駅がある。
線路は渡良瀬川の谷を走り、秋の紅葉はとくに人気がある。
窓のないトロッコ列車が走る季節があり、川の風を感じながら乗れる。
足尾銅山は、鉱毒の問題でも知られ、渡良瀬川流域の人びとが苦しんだ歴史もある。
古い駅舎が、いまも残る駅がある。
観光客の利用が多く、神戸駅では、列車を使ったレストランなども知られている。
草木駅は1973年に廃止されたが、これは草木ダムの建設にともなう線路の付けかえによるものである。
地図データ上の線路の長さを、開業した年ごとに足したもの(公式の営業キロとは少し違います)。1950年より前は、駅の開業年から推定した年です。
| 1911年ごろ | 7.3 km |
|---|---|
| 1912年ごろ | 35.3 km |
| 1914年ごろ | 1.4 km |
| 1973年 | 6.5 km |
国土数値情報に記録された駅と、その供用開始年。1950年より前に廃止された駅は含みません。
| 駅 | 開業 | その後 |
|---|---|---|
| 桐生 | 1911年 | |
| 下新田 | 1992年 | |
| 相老 | 1911年 | |
| 運動公園 | 1989年 | |
| 大間々 | 1911年 | |
| 上神梅 | 1912年 | |
| 本宿 | 1989年 | |
| 水沼 | 1912年 | |
| 花輪 | 1912年 | |
| 中野 | 1989年 | |
| 小中 | 1960年 | |
| 神戸 | 1912年 | |
| 神土 | 1912年 | 1989年ごろ廃止 |
| 草木 | 1959年 | 1973年ごろ廃止 |
| 沢入 | 1912年 | |
| 原向 | 1912年 | |
| 通洞 | 1912年 | |
| 足尾 | 1912年 | |
| 間藤 | 1914年 |
同じ名前の駅でつながっている国鉄・JR・第三セクターの路線(いまはない線も含む)。
神戸駅は「ごうど」と読む。兵庫県の「こうべ」とは別である。
足尾線という古い名前のほうが、足尾銅山とのつながりがわかりやすい。
線路の形と期間、駅の開業年は、国土数値情報「鉄道時系列データ」(国土交通省)を加工して作成しました。1950年より前に開業した区間の年は、駅の供用開始年から推定したもので、実際と前後することがあります。会社名・路線名の移り変わりと解説文は、このサイトでまとめたものです。
主な参考:国土交通省『国土数値情報 鉄道時系列データ』