路線クロニクル日本の鉄道史 ─ 1路線の一生を再生する

路線クロニクル

岩泉線1942年開業・2014年廃止

茂市〜岩泉 (廃止)

岩泉線は、岩手県の山田線の茂市から岩泉までを結んでいたJR東日本の路線である。日本屈指の秘境路線といわれたが、2014年に廃止された。

最も長かったころ
38 km(1972年)
駅の数
10駅
開業
1942年
廃止
2014年

この路線のなりたち

岩泉線は、もとは小本線という名前で、茂市から海沿いの小本をめざして計画された。国土数値情報の記録では1942年に茂市から開業し、その後少しずつ延びて、1972年に岩泉まで開通した。同じ年に路線の名前も小本線から岩泉線に変わった。

計画では岩泉から先、小本まで延ばす予定であったが、完成しなかった。このため、岩泉線は山あいの岩泉で行き止まりになった。

路線の歩み

「▶ この章を見る」で、上のプレイヤーがその時代を再生します。

11942年

開業

1942年、小本線の約10kmの線路が開業した。茂市・岩手和井内・岩手刈屋の駅が、このころ開業している。

21947年

延伸

1947年、約10kmの線路が開業した。押角・宇津野の駅が、このころ開業している。

31949年

国鉄の路線に

1949年、国の鉄道は日本国有鉄道(国鉄)となり、この路線も国鉄の線になった。

41957年

延伸

1957年、約9kmの線路が開業した。岩手大川・浅内の駅が、このころ開業している。

51972年

延伸

1972年、約10kmの線路が開業した。岩泉・二升石の駅が、このころ開業している。

61972年

名前が変わる

1972年、小本線は岩泉線と名前を変えた。

71987年

JRへ

1987年4月、国鉄の分割民営化で、この路線はJR東日本の路線となった。

82014年

岩泉線、廃止

2014年、残る約38kmが廃止され、岩泉線は姿を消した。茂市・岩手和井内・岩手刈屋・中里・岩泉などの駅もなくなった。

9廃止のあと

廃線跡

線路の跡は、灰色の点線で描いている。駅の跡や鉄橋などが、いまも沿線に残っていることがある。

この路線の見どころ

山あいの秘境路線

沿線は北上山地の深い山あいで、人家の少ない場所を長いあいだ走った。駅間の距離が長く、1日に走る列車の本数も少なかったことから、秘境路線として知られた。

龍泉洞への玄関口

終点の岩泉の近くには、日本三大鍾乳洞の一つといわれる龍泉洞がある。観光で岩泉を訪れる人は多く、鉄道は一つのアクセス手段であった。

のどかな谷間の景色

川に沿って山の中を進み、トンネルや橋が続く。四季の移り変わりが車窓から楽しめる路線であった。

廃止のあと

2010年に、土砂崩れが原因とされる列車の事故が起き、その後は運転がとりやめられた。復旧の方法が検討されたが、山あいの崖が崩れやすい場所が多く、費用がかさむことなどから、2014年に廃止された。

廃止後は、バスが代わりの交通手段となっている。線路の跡や駅の跡が、沿線に残っている。

区間の開業(年ごと)

地図データ上の線路の長さを、開業した年ごとに足したもの(公式の営業キロとは少し違います)。1950年より前は、駅の開業年から推定した年です。

1942年ごろ10.1 km
1947年ごろ10.2 km
1957年9.4 km
1972年9.6 km

駅の一覧(10駅)

国土数値情報に記録された駅と、その供用開始年。1950年より前に廃止された駅は含みません。

駅開業その後
茂市1942年2014年に東日本旅客鉄道へ
岩手刈屋1942年2014年ごろ廃止
中里1966年2014年に松浦鉄道へ
岩手和井内1942年2014年ごろ廃止
押角1947年2014年ごろ廃止
宇津野1947年1957年ごろ廃止
岩手大川1957年2014年ごろ廃止
浅内1957年2014年ごろ廃止
二升石1972年2014年ごろ廃止
岩泉1972年2014年ごろ廃止

接続する路線

同じ名前の駅でつながっている国鉄・JR・第三セクターの路線(いまはない線も含む)。

知っておきたいこと

名前の移り変わり

小本線という名前は、計画上の終点だった小本に由来する。実際には小本まで届かなかったため、のちに岩泉線に改められた。

線路の形と期間、駅の開業年は、国土数値情報「鉄道時系列データ」(国土交通省)を加工して作成しました。1950年より前に開業した区間の年は、駅の供用開始年から推定したもので、実際と前後することがあります。会社名・路線名の移り変わりと解説文は、このサイトでまとめたものです。
主な参考:国土交通省『国土数値情報 鉄道時系列データ』

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