今の吉田町
静岡県の中部、大井川の下流右岸に広がる榛原郡の町です。大半は大井川と坂口谷川に挟まれた平野で、湯日川や大幡川が駿河湾に面した吉田漁港に注ぎます。北西部は牧之原台地の支脈にあたる湯南原台地の東端です。かつてはウナギの養殖が盛んで、今はシラスやレタス、メロンが知られます。東名高速の吉田ICがあり、工場も多く立地しています。
今の吉田町の区域の人口は、2020年の国勢調査で28,919人です。今の区域で数えた1980年の21,474人とくらべると34.7%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は26.0%です。
主な産業:レタス・メロンなどの農業、シラス漁、東名高速道路を生かした製造業
特産品・名産
- うなぎ大井川の伏流水を使った養殖が盛んだった
- しらす吉田漁港で揚がり、周辺に加工場が点在する
- レタス吉田たんぼなどで栽培される
- メロン「ダイヤ印」のブランドで出荷される
見どころ・祭り
- 能満寺のソテツ日本三大ソテツの一つ。国指定の天然記念物
- 小山城町内の城跡。模擬天守が建つ
- 静岡県営吉田公園「しずおか緑・花・祭」の会場跡地につくられた県営公園
- 吉田漁港シラスが揚がる港として知られる
木松花菊吉田町の木・花
吉田町のなりたち
吉田町(よしだちょう)は、静岡県中部地域の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに吉田村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は榛原郡に属していました。
「吉田町」という名前
町名は、1876年(明治9年)に住吉新田と下吉田村が合併してできた吉田村の名を受け継いでいます。1889年(明治22年)の町村制で周りの村とまとまったときも吉田村の名が使われ、1949年(昭和24年)の町制施行で吉田町となりました。「吉田」という地名そのものの由来は、はっきりしていません。
まちの成り立ち
明治の初めには、今の吉田町の区域で小さな村や新田の合併が続きました。1875年(明治8年)に大幡村、1876年(明治9年)に吉田村・片岡村・川尻村・神戸村が生まれ、1879年(明治12年)にはこの5村が第六組合を結んでいます。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、この第六組合の区域が榛原郡吉田村として発足しました。その後は周りの町村と合併することなく、1949年(昭和24年)7月1日に町制を施行して吉田町となっています。
町は大井川の下流右岸に広がる平野にあり、吉田たんぼと呼ばれる条里制の遺跡では今も稲作やレタスの栽培が行われています。かつては大井川の伏流水を使ったウナギの養殖が盛んで、町のあちこちに養鰻池がありました。吉田漁港はシラスの揚がる港として知られ、東名高速道路の吉田インターチェンジを生かした工場も多くあります。町内にはかつて静岡鉄道の駿遠線が通り、大幡駅・遠州神戸駅・上吉田駅・下吉田駅がありました。また、能満寺のソテツは日本三大ソテツの一つとして国の天然記念物に指定されています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、吉田村・片岡村・川尻村・神戸村・大幡村などの区域で榛原郡吉田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1949年7月1日昭和24年吉田村が町制を施行して吉田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。