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うるま市うるまし

1920年には3の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今のうるま市になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今のうるま市

沖縄本島中部の東海岸にあり、金武湾と中城湾に面する市です。石川の丘陵地から具志川の市街地、勝連半島、沖合の島々へと広がります。海中道路や橋が平安座島・宮城島・伊計島・浜比嘉島などを結び、津堅島へは船が通います。世界遺産の勝連城跡をはじめ、交易の歴史や島の集落景観が残り、闘牛やエイサーなどの文化も受け継がれています。

今のうるま市の区域の人口は、2020年の国勢調査で125,303人です。今の区域で数えた1980年の77,508人とくらべると61.7%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は22.5%です。

125,303人人口(2020年)
+61.7%1980年からの増減
87.03km²面積(国土地理院)
1,440人/km²人口密度
22.5%65歳以上の割合
125,3031980199020052020
15歳未満 17.0%15〜64歳 60.6%65歳以上 22.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:もずく養殖や野菜栽培、製造業、海と歴史文化を生かす観光が営まれています。

特産品・名産

  • もずく市の沿岸で生産される海藻
  • 津堅にんじん津堅島を代表する農産物
  • 伊波メンサー織石川地域に伝わる織物

見どころ・祭り

  • 勝連城跡世界遺産を構成するグスク跡
  • 安慶名城跡石垣と岩山が残るグスク跡
  • 海中道路本島側と平安座島を結ぶ道路
  • 仲原遺跡伊計島に残る貝塚時代の集落跡
  • 石川多目的ドーム闘牛大会などが開かれる施設

木リュウキュウコクタン花サンダンカ鳥チャーンうるま市の木・花・鳥

うるま市のなりたち

うるま市(うるまし)は、沖縄県中部地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。具志川村・與那城村・勝連村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今のうるま市になりました。

名前
合併のときの新しい名前(1920年の3町村の名前はすべて自治体名から消えた)
面積
1920年の具志川村の約28km² → 今の約79km²(約2.8倍)
1920年の郡
中頭郡
31920年の町村の数
1回合併・編入の回数
87km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「うるま市」という名前

「うるま」は「珊瑚の島」を意味する言葉です。具志川市・石川市・勝連町・与那城町が合併して生まれる新市の名前として、2004年5月13日に決まりました。翌年4月1日の発足から、ひらがなの市名として使われています。金武湾や中城湾に面し、勝連半島と島々に広がる新市は、沖縄を表す古い呼び名を市の名前に採り入れました。

まちの成り立ち

うるま市は、具志川・石川・勝連・与那城という歩みの異なる地域から生まれました。1908年4月1日の町村制で、具志川・勝連・与那城の各間切は中頭郡の村となり、石川地域は美里村の一部となりました。

沖縄戦後には収容所を中心とする行政区域が置かれました。具志川や勝連では高江洲市、のちの前原市、与那城では平安座市の時期を経ています。1946年には具志川村・勝連村・与那城村が再び置かれました。一方、石川は1945年9月26日に美里村から分離して市となり、沖縄諮詢委員会などが置かれる戦後行政の中心地でした。具志川では文教学校や外国語学校などが開かれました。

1968年7月1日に具志川村が市制を施行しました。1972年の日本復帰を経て、1980年4月1日に勝連村、1994年1月1日に与那城村が町となりました。海中道路や島々を結ぶ橋も整い、海を隔てた地域の行き来が変わりました。2005年4月1日、具志川市・石川市と中頭郡勝連町・与那城町が新設合併し、うるま市が発足しました。

年表

  1. 1908年4月1日明治41年沖縄県及び島嶼町村制の施行により、中頭郡に具志川村・美里村・勝連村・与那城村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.uruma.lg.jp
  2. 1945年戦後の地域再編で具志川・勝連地域には高江洲市を経て前原市が、与那城地域には平安座市が置かれた。種類:その他 出典:www.city.uruma.lg.jp
  3. 1945年9月26日昭和20年中頭郡美里村の一部が分離し、石川市が発足した。種類:分割 出典:www.pref.okinawa.jp
  4. 1946年戦後の地域再編を経て、中頭郡の具志川村・勝連村・与那城村が再び置かれた。種類:その他 出典:www.city.uruma.lg.jp
  5. 1968年7月1日昭和43年中頭郡具志川村が市制を施行し、具志川市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.okinawa.jp
  6. 1972年5月15日昭和47年沖縄の日本復帰に伴い、具志川市・石川市と中頭郡勝連村・与那城村の施政権が日本へ移った。種類:その他 出典:www.archives.pref.okinawa.jp
  7. 1980年4月1日昭和55年中頭郡勝連村が町制を施行し、勝連町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.okinawa.jp
  8. 1994年1月1日平成6年中頭郡与那城村が町制を施行し、与那城町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.okinawa.jp
  9. 2005年4月1日平成17年具志川市・石川市と中頭郡勝連町・与那城町が新設合併し、うるま市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.okinawa.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

うるま市2005〜今
具志川村→具志川市1908〜2005
與那城村→与那城村→与那城町1908〜2005
勝連村→勝連町1908〜2005
石川市1889〜2005

参考にした資料