今の松島町
宮城県中部、松島湾に面した町です。奥羽山脈から続く松島丘陵が海に沈んだ松島湾があり、多くの島々が浮かびます。古くから歌枕として知られ、日本三景の一つに数えられています。瑞巌寺や五大堂などの名所が集まります。観光と水産業が町を支え、カキが名産とされます。段山などの丘陵があり、仙台都市圏にも含まれます。
今の松島町の区域の人口は、2020年の国勢調査で13,323人です。今の区域で数えた1980年の17,246人とくらべると22.7%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.2%です。
主な産業:観光業と水産業が中心で、特にカキが名産です。
特産品・名産
- カキ松島湾で育つ町の名産
見どころ・祭り
- 松島(日本三景)多島海の景観が広がる名勝
- 瑞巌寺伊達政宗ゆかりの禅寺
- 五大堂すかし橋で渡る海辺のお堂
- 円通院霊屋が日本遺産の構成文化財
- 観瀾亭松島海岸にある歴史的建物
木松花セッコク松島町の木・花
松島町のなりたち
松島町(まつしままち)は、宮城県仙台地域の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに松島村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は宮城郡に属していました。
「松島町」という名前
「松島」の名は、松島湾に浮かぶ260あまりの島々のどれにも緑の松が生えていたことから来たとする説が、最も確かなものとされています。湾の島々や本土側の海岸は主にアカマツの林におおわれ、外洋側の島々にはクロマツの林も見られます。町の木にも松が選ばれています。古くから歌に詠まれた名所で、日本三景の一つに数えられています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、松島村・高城本郷・桜渡戸村・磯崎村・初原村・根廻村・手樽村・幡谷村・竹谷村・北小泉村の区域をまとめ、宮城郡に松島村が発足しました。
明治の中ごろには日本鉄道の駅が村内にでき、1927年(昭和2年)には宮城電気鉄道(今の仙石線)の駅も開業しました。1922年(大正11年)には、来日中のアインシュタインが月見のために松島を訪れています。1928年(昭和3年)1月1日に町制を施行し、松島町となりました。その後、周りの町村と合併することはなく、ひとつの町として続いています。
町には松島丘陵が広がり、松島湾には多くの島が浮かびます。いちばん高い所は段山(標高178メートル)です。松島は日本三景の一つで、伊達政宗が建て直した瑞巌寺や、海辺の五大堂などがあります。2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災では、島々や海沿いの地域が被害を受けました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、宮城郡の松島村・高城本郷・桜渡戸村・磯崎村・初原村・根廻村・手樽村・幡谷村・竹谷村・北小泉村の区域で松島村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1928年1月1日昭和3年宮城郡松島村が町制を施行して松島町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。