今の豊富町
宗谷総合振興局管内の日本海側にある町です。サロベツ原野が広がり、利尻礼文サロベツ国立公園の一部になっています。原野は2005年にラムサール条約に登録されました。大正末期に石油の試掘中に湧き出た豊富温泉があります。基幹産業は酪農で、豊富牛乳などが生産されています。稚咲内海岸の砂丘林は道の天然記念物です。
今の豊富町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,974人です。今の区域で数えた1980年の6,723人とくらべると40.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.2%です。
主な産業:酪農が基幹産業です。豊富温泉を中心に観光も営まれています。
特産品・名産
- 豊富牛乳町の酪農で作る牛乳
- 湯上り温泉プリン豊富牛乳を使った菓子
- あげいもサロベツ湿原のレストハウスの名物
見どころ・祭り
- サロベツ原野利尻礼文サロベツ国立公園の湿原
- 豊富温泉1926年に開かれた温泉
- サロベツ湿原センター湿原の自然を紹介する施設
- 稚咲内海岸砂丘林北海道指定天然記念物
木イチイ花エゾカンゾウ豊富町の木・花
豊富町のなりたち
豊富町(とよとみちょう)は、北海道宗谷地方の町です。
1920年の時点で、この区域の町村は天塩郡に属していました。
「豊富町」という名前
「豊富」は、エベコロベツ川のアイヌ語名「イペコロペッ」(食物〔魚〕を持つ川の意)を「食物が豊富」と意訳した名とされます。1908年(明治41年)に現在の豊富市街を分割するにあたり、管轄の留萌支庁から名称の提案があり、住民会で相談して命名されました。1940年(昭和15年)に幌延村から分かれて豊富村が発足しました。
まちの成り立ち
豊富の地は、1878年(明治11年)に沙流村が置かれたことに始まります。1899年(明治32年)に福井県の団体15戸が下サロベツ原野に入植し、開拓が進みました。1909年(明治42年)に幌延外1村戸長役場が置かれ、1919年(大正8年)に幌延村と沙流村を合わせて、二級町村制の幌延村が施行されました。1926年(大正15年)には、石油の試掘中に天然ガスとともに温泉が噴き出し、豊富温泉が開かれました。1940年(昭和15年)9月1日に、幌延村から沙流村にあたる部分が分かれ、二級町村制の豊富村が発足しました。1941年(昭和16年)に大字が廃止され、1948年(昭和23年)10月に留萌支庁から宗谷支庁の管轄に移りました。1959年(昭和34年)1月1日に町制を施行して豊富町になりました。1974年(昭和49年)9月にサロベツ原野が国立公園に指定されました。2005年(平成17年)にはサロベツ原野がラムサール条約に登録されています。
年表
- 1940年9月1日昭和15年幌延村から大字沙流村にあたる部分が分かれて北海道二級町村制を施行し、豊富村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1948年10月20日昭和23年留萌支庁から宗谷支庁の管轄に移った。種類:郡の変更 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1949年10月10日昭和24年幌延村との境界を変更した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1950年11月15日昭和25年字メナシベツの一部が稚内市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1959年1月1日昭和34年豊富村が町制を施行し、豊富町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。