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鹿部町しかべちょう

鹿部町は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている町です。

1町村から

今の鹿部町

渡島総合振興局の中部、渡島半島の北東部にある町です。駒ヶ岳の南東に位置し、噴火のたびに降灰を受けることがあります。海岸沿いを国道278号が通り、鹿部川にはサケが遡上します。タラコの原料になるスケソウダラ漁やホタテの水揚げが盛んで、温泉が多く、旅館の大半が温泉旅館です。間歇泉を利用した公園があります。

今の鹿部町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,760人です。今の区域で数えた1980年の5,011人とくらべると25.0%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.3%です。

3,760人人口(2020年)
−25.0%1980年からの増減
120.2km²面積(概算)
31人/km²人口密度
40.3%65歳以上の割合
5,1071980199020052020
15歳未満 9.1%15〜64歳 50.6%65歳以上 40.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:漁業が盛んで、スケトウダラ・ホタテ・コンブなどを水揚げします。

特産品・名産

  • タラコ原料のスケソウダラ漁が冬の主産業
  • ホタテ冬場の水揚げが浜を賑わす
  • コンブサクラマス、ナマコと並ぶ漁

見どころ・祭り

  • しかべ間歇泉公園間歇泉を利用した公園。足湯がある
  • 鹿部温泉町内の旅館の多くが温泉旅館
  • 三味線滝町内の滝

木ナナカマド花ツツジ鹿部町の木・花

鹿部町のなりたち

鹿部町(しかべちょう)は、北海道渡島地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに鹿部村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。

1920年の時点で、この区域の町村は茅部郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
120km²今の面積

「鹿部町」という名前

「鹿部」は、アイヌ語の「シケルペ」(キハダの木のあるところの意)から転じた名とされます。一時期は、野生の鷹が多かったことから「鷹待(たかまち)」と呼ばれ、鷹が幕府への献上品とされた時期もありました。1906年(明治39年)に鹿部村が発足し、1983年(昭和58年)に町制を施行して鹿部町になりました。

まちの成り立ち

鹿部では、1666年(寛文6年)に津軽の伊藤源五郎が温泉で傷を治す鹿を見つけ、鹿部温泉を開いたとする伝承があります。元和元年(1615年)に青森の人がコンブ採取のため本別に居を構えたのが、移り住む人が増える始まりとされています。1879年(明治12年)に戸長役場が置かれ、1906年(明治39年)4月1日に二級町村制が施行されて鹿部村が発足しました。1940年(昭和15年)6月に字名が改められています。1949年(昭和24年)9月28日には函館少年刑務所の漁撈作業場が設けられ、1957年(昭和32年)まで続きました。1979年(昭和54年)に開基100年を迎え、1983年(昭和58年)12月1日に町制を施行して鹿部町になりました。1990年(平成2年)に鹿部公園が創設され、2021年(令和3年)5月6日に新しい町役場庁舎が開庁しました。ほかの町村と合わさることなく、一つの村から町へ移りました。

年表

  1. 1906年4月1日明治39年鹿部村が北海道二級町村制を施行した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  2. 1983年12月1日昭和58年鹿部村が町制を施行し、鹿部町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

鹿部村→鹿部町1906〜今

参考にした資料