今の南幌町
北海道中西部、空知総合振興局の南部にある町です。石狩平野の平らな土地に水田が広がり、基幹産業は稲作を中心とした農業です。札幌市に近いベッドタウンでもあり、南幌工業団地が置かれています。キャベツが特産品で、町内の温泉施設ではキャベツ天丼が出されます。町内には旧幌向駅逓所が登録有形文化財として残ります。2005年5月までは、北海道の郡部で唯一の2桁市外局番の地域でした。
今の南幌町の区域の人口は、2020年の国勢調査で7,319人です。今の区域で数えた1980年の5,444人とくらべると34.4%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は35.0%です。
主な産業:稲作を中心とした農業が基幹産業で、札幌のベッドタウンとしても発達しています。
特産品・名産
- キャベツ特産品として挙がる野菜
- なんぽろジンギスカン町の特産品として紹介される
- アイスキャロルのアイス町の特産品として紹介される
見どころ・祭り
- 旧幌向駅逓所登録有形文化財
- 南幌温泉キャベツ天丼を出すレストランがある
- 南幌リバーサイド公園町内の公園
木オンコ花ツツジ南幌町の木・花
南幌町のなりたち
南幌町(なんぽろちょう)は、北海道空知地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに幌向村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は空知郡に属していました。
「南幌町」という名前
もとの村名「幌向」は、アイヌ語の「ポロモイ」から出たものとされています。1962年(昭和37年)5月1日に幌向村が町制を施行したとき、南幌町と改称しました。当時の読み方は「みなみほろ」で、1968年(昭和43年)に町名の読み仮名が「なんぽろ」に改められています。
まちの成り立ち
南幌の開拓は、1892年(明治25年)に旧角田藩士の石川邦光が幌向原野の貸付を受け、翌1893年に同藩士77戸250人あまりが今の石川地区に移住したことに始まります。1893年10月に岩見沢外3村戸長役場の管轄に入り、1895年(明治28年)11月に幌向村戸長役場が置かれました。1901年(明治34年)10月には江別村との境界が改められ、幌向村の南6線が境界になりました。1909年(明治42年)4月1日に二級町村制を施行して幌向村になり、石川・岐美・福野・大野・鶴城・中樹林・晩翠・三重・夕張太の各地区が置かれました。1920年(大正9年)7月には長沼村と境界が改められ、通称木詰の部分が分けられています。1962年(昭和37年)5月1日に町制を施行し、幌向村は南幌町と改称しました。基幹産業は稲作を中心とした農業で、札幌に近いことからベッドタウンとしても発達し、南幌工業団地もあります。1968年(昭和43年)4月1日には、町名の読み仮名が「なんぽろ」に改められました。
年表
- 1895年11月明治28年岩見沢外3村戸長役場から分かれて、空知郡に幌向村戸長役場が置かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1901年10月明治34年江別村との境界変更で、南6線を境とし、その北が江別村に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1909年4月1日明治42年幌向村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1920年7月1日大正9年長沼村との境界変更で、通称木詰が長沼村に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1962年5月1日昭和37年幌向村が町制を施行し、南幌町と改称した。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1968年4月1日昭和43年町名の読みが「みなみほろ」から「なんぽろ」に改められた。種類:その他 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。