今の広尾町
十勝総合振興局の最南端にある町で、西は日高山脈、東は太平洋に面します。西部は日高山脈襟裳十勝国立公園に属する山岳地帯です。地震の多い地域です。基幹産業は漁業、畑作、酪農で、十勝港は国の重要港湾に位置づけられています。町の漁港ではシシャモが水揚げされ、夏にはコンブ漁が行われ、6月にはつつじ祭りが開かれます。
今の広尾町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,387人です。今の区域で数えた1980年の11,512人とくらべると44.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.5%です。
主な産業:漁業・畑作・酪農が基幹産業です。十勝港があります。
特産品・名産
- シシャモ十勝港に水揚げされる魚
- 昆布広尾沿岸の昆布漁
- しゃロッケほぐしたシシャモを使うライスコロッケ
見どころ・祭り
- 大丸山町内の山
- フンベの滝町内の滝
- 仙台藩トカチ陣屋跡幕末に置かれた陣屋の跡
- 魚類飼育展示館町の水族の展示館
木イチイ(オンコ)花ツツジ(広尾つつじ)鳥カモメ広尾町の木・花・鳥
広尾町のなりたち
広尾町(ひろおちょう)は、北海道十勝地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに茂寄村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は広尾郡に属していました。
「広尾町」という名前
「広尾」は、当初は「びろお」と呼ばれた岬付近の地名で、「尾籠(びろう)」と聞こえるのを嫌って「ひろお」になったとされます。アイヌ語に由来し、「ビルイ」(転がる砥石の意)から転訛したとする説があります。1926年(大正15年)6月1日に茂寄村が広尾村へ改称し、1946年(昭和21年)9月20日に町制を施行して広尾町になりました。
まちの成り立ち
広尾には、1799年(寛政11年)に会所が設けられ、十勝場所と呼ばれました。1859年(安政6年)に仙台藩の領地となり、円山の麓に陣屋が構えられました。同じ年に鹿児島藩領となり、続いて田安家と一橋家に分けて属しました。1867年(慶応3年)に青森県の人の山崎金助が漁業のために広尾沿岸に居を構えました。1872年(明治5年)に浦河郡役所の広尾出張所が置かれ、1880年(明治13年)2月に広尾・当縁の2郡を管轄する戸長役場が設けられました。1898年(明治31年)6月に茂寄村戸長役場が置かれ、1906年(明治39年)4月に二級町村制が施行されて茂寄村が発足しました。1926年(大正15年)6月1日に広尾村へ改称し、1928年(昭和3年)10月1日に大樹村(現在の大樹町)が分かれました。1946年(昭和21年)9月20日に町制を施行して広尾町になり、1948年(昭和23年)3月31日に大字が廃止されました。
年表
- 1906年4月1日明治39年広尾郡茂寄村と当縁郡の大樹村・歴舟村・当縁村の一部をあわせて北海道二級町村制が施行され、茂寄村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1926年6月1日大正15年茂寄村が名を広尾村に改めた。種類:改称 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1928年10月1日昭和3年広尾村の一部が分かれて大樹村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1946年9月20日昭和21年広尾村が町制を施行し、広尾町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。