今のえりも町
日高振興局管内にあり、日高山脈の南端から太平洋へ突き出す襟裳岬を含む町です。山地と海が近く、豊似湖や悲恋沼などの湖沼があります。襟裳岬は国の名勝「ピリカノカ」の一つです。1953年から林野庁が襟裳岬の治山事業として緑化を進めてきました。漁業が中心で、コンブ、サケ、ウニなどが水揚げされます。
今のえりも町の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,374人です。今の区域で数えた1980年の7,520人とくらべると41.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.9%です。
主な産業:漁業が中心で、コンブ・サケ・ウニなどを水揚げしています。
特産品・名産
- 日高昆布町内でとれる天然の昆布
- 灯台つぶ歯ごたえのあるつぶ貝
- 鮭とばサケの加工品
見どころ・祭り
- 襟裳岬日高山脈の南端。国の名勝
- 襟裳岬灯台1889年に点灯
- 豊似湖ハート型をした湖
- 黄金道路国道336号の海岸沿いの道
木エリモシャクナゲ花エゾヤマツツジえりも町の木・花
えりも町のなりたち
えりも町(えりもちょう)は、北海道日高地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに幌泉村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は幌泉郡に属していました。
「えりも町」という名前
「えりも」は、アイヌ語で岬を意味する「エンルム」(突き出た頭の意)が転訛した名とされます。旧町名の「幌泉」は、「ポロエンルム」(大神の意)から転訛したといわれ、「ホロエレンベツ」(大鼠岬の意)の略とする説もあります。1970年(昭和45年)10月1日に幌泉町がえりも町へ改称しました。
まちの成り立ち
えりも町は、1669年(寛文9年)に松前藩士の蛎崎蔵人が商場を置いた地で、その後はコンブの漁場として栄えました。江戸時代には様似とともに油駒場所と呼ばれ、松前藩領から幕府の直轄地、再び松前藩領へと移り変わっています。1869年(明治2年)に開拓使の直轄となり、1872年(明治5年)9月に開拓使浦河支所の幌泉出張所が置かれました。1880年(明治13年)2月に幌泉外8村戸長役場が設けられ、1889年(明治22年)には襟裳岬灯台が点灯しています。襟裳岬では、1953年(昭和28年)以降、林野庁が治山事業を進めてきました。1906年(明治39年)4月1日に二級町村制が施行され、幌泉村になりました。1942年(昭和17年)に大字が廃止されて字名が改められ、1959年(昭和34年)1月1日に町制を施行して幌泉町となりました。1970年(昭和45年)10月1日に町名をえりも町へ改め、字の名称も同日に変えています。
年表
- 1906年4月1日明治39年幌泉郡の村々の区域で北海道二級町村制が施行され、幌泉村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1937年9月10日昭和12年所属未定地が幌泉村に編入された。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1959年1月1日昭和34年幌泉村が町制を施行し、幌泉町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1970年10月1日昭和45年幌泉町がえりも町に改称した。種類:改称 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。