今の府中町
広島県の南西部にあり、太田川デルタの東の端に位置する町です。南部は平らで、北部は丘陵地になっています。周りを広島市の区域に囲まれており、広島市のベッドタウンとしても知られます。古代に安芸国の国府があった土地で、多家神社や今出川清水などの旧跡が残ります。町内にはマツダの本社や工場があります。
今の府中町の区域の人口は、2020年の国勢調査で51,155人です。今の区域で数えた1980年の47,817人とくらべると7.0%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は24.8%です。
主な産業:自動車産業のマツダの本社と関連企業があり、大型商業施設も立地しています。
特産品・名産
- 安芸府中 白そば江戸時代の記録があり、1991年に復活した麺
- 安芸椿水分峡の水を仕込み水にした日本酒
- テラツバキ町の花ツバキにちなんだ菓子
見どころ・祭り
- 多家神社境内の宝蔵は広島城から移した建物で、県の重要文化財
- 今出川清水名水百選に選ばれた湧き水
- 水分峡森林公園町内の名所の森林公園
- 道隆寺薬師如来坐像が県の重要文化財
木くすのき花つばき府中町の木・花
府中町のなりたち
府中町(ふちゅうちょう)は、広島県安芸の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに府中村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は安芸郡に属していました。
「府中町」という名前
「府中」は、古代の安芸国で国府が置かれていたことに由来するとされています。国の役所である国府があった土地を表す言葉で、各地に同じ地名があります。町内には国府ゆかりの旧跡が多く、総社跡や田所屋敷跡などが残っています。備後の府中市と区別するため、「安芸府中」と呼ばれることがあります。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、安芸郡に府中村が発足しました。1937年(昭和12年)1月1日に町制を施行し、府中町となりました。それ以来、ほかの町村との合併は行っていません。まわりの町村は、広島市にひとつずつ加わっていきました。1929年(昭和4年)に矢賀村、1973年(昭和48年)に瀬野川町、1974年(昭和49年)に安芸町、1975年(昭和50年)に船越町が広島市に合併し、1975年までに隣り合う町村はすべて広島市になりました。1980年に広島市が政令指定都市になると、東区・南区・安芸区が隣り合う区となります。いまは広島市の区域に四方を囲まれた町で、そのような町は全国でここだけです。町内には1930年(昭和5年)にマツダの工場が建てられ、現在も本社があります。太田川デルタの東の端にあり、南は平らで北は丘陵地で、高尾山や水分峡などの自然もあります。町内にはイオンモールなどの商業施設もあります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、安芸郡に府中村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1937年1月1日昭和12年安芸郡府中村が町制を施行して府中町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。