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敦賀市つるがし

1920年には7の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の敦賀市になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の敦賀市

福井県の南西部、嶺南の東端にある市です。日本海の若狭湾の東にある敦賀湾に面し、三方を山に囲まれた扇状地に市街地が広がります。北東には木ノ芽峠、南には近江へ抜ける峠があり、古くから畿内と北陸を結ぶ交通の要衝でした。天然の良港として栄え、江戸時代は北前船の寄港地、近代は大陸との玄関口でした。現在も港と鉄道と道路が集まるまちです。

今の敦賀市の区域の人口は、2020年の国勢調査で64,264人です。今の区域で数えた1980年の61,844人とくらべると3.9%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.4%です。

64,264人人口(2020年)
+3.9%1980年からの増減
251.48km²面積(国土地理院)
256人/km²人口密度
29.4%65歳以上の割合
68,4021980199020052020
15歳未満 12.9%15〜64歳 57.7%65歳以上 29.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:港を生かした物流と、おぼろ昆布などの食品加工が盛んです。原子力発電所も立地しています。

特産品・名産

  • おぼろ昆布全国の生産の大部分を占めるとされる
  • かまぼこ海産物を使った食品加工品
  • 敦賀ふぐ市の海の幸として紹介されるふぐ
  • 中華そば屋台から広まった敦賀の名物

見どころ・祭り

  • 氣比神宮北陸道の総鎮守とされる神社
  • 気比の松原日本三大松原の一つとされる
  • 金ヶ崎城跡・金崎宮南北朝の戦いの舞台。桜の名所
  • 水島敦賀半島沖の無人島
  • 敦賀赤レンガ倉庫1905年に石油貯蔵庫として建てられた

木マツ花ハギ鳥ユリカモメ敦賀市の木・花・鳥

敦賀市のなりたち

敦賀市(つるがし)は、福井県嶺南地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。松原村・東浦村・東郷村・愛発村・中郷村・粟野村・敦賀町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の敦賀市になりました。

今の名前「敦賀市」は、1920年にあった敦賀町の名前を受け継いでいます。ほかの6の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の敦賀町が約6km²だったのに対し、今の敦賀市は約250km²と、およそ38.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は敦賀郡に属していました。

71920年の町村の数
2回合併・編入の回数
251km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「敦賀市」という名前

敦賀は古くは「角鹿(つぬが)」と書かれ、『古事記』や『日本書紀』にもこの名で出てきます。『日本書紀』には、額に角のある人(都怒我阿羅斯等)がこの浦に着いたので「角鹿」と呼ぶようになった、という話が載っています。奈良時代のはじめごろから「敦賀」の字が使われるようになったとされます。1937年(昭和12年)に敦賀町と松原村が合併して市が生まれたとき、町の名がそのまま市の名になりました。

まちの成り立ち

敦賀は日本海に面した天然の良港で、古くから畿内と北陸を結ぶ交通の要地でした。氣比神宮が置かれ、江戸時代には北前船が寄る港町として栄えました。明治の初めには一時、敦賀県の県庁が置かれています。1899年(明治32年)に外国貿易港となり、明治の末にはウラジオストクへの航路と結ぶ列車も走り、大陸への玄関口になりました。

1889年(明治22年)の町村制で、敦賀郡には敦賀町と東浦村・東郷村・中郷村・愛発村・粟野村・松原村ができました。1937年(昭和12年)4月1日、敦賀町と松原村が合併し、市制を施行して敦賀市が生まれます。1945年(昭和20年)には空襲の被害を受けました。

1955年(昭和30年)1月15日には、愛発村・粟野村・東郷村・中郷村・東浦村が敦賀市に編入されました。これで敦賀郡のすべてが敦賀市となり、敦賀郡は県内で最初に消えた郡になりました。1960年代からは原子力発電所が建てられています。2024年(令和6年)3月16日には北陸新幹線が敦賀まで延び、敦賀駅が終点になりました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、敦賀郡に敦賀町・東浦村・東郷村・中郷村・愛発村・粟野村・松原村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1937年4月1日昭和12年敦賀郡の敦賀町と松原村が合併し、市制を施行して敦賀市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  3. 1955年1月15日昭和30年敦賀郡の愛発村・粟野村・東郷村・中郷村・東浦村が敦賀市に編入され、敦賀郡は消滅した。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

敦賀町→敦賀市1889〜今
東浦村1889〜1955
東郷村1889〜1955
愛発村1889〜1955
中郷村1889〜1955
粟野村1889〜1955
松原村1889〜1937

参考にした資料