今の池田町
福井県の嶺北地方にある町で、足羽川の最上流、岐阜県との県境に位置する小盆地の町です。周りを山に囲まれ、冠山や部子山があり、冬は雪の多い土地です。人が住む谷間は標高150〜250メートルほどに広がります。米づくりが中心で、有機栽培への取り組みが進み、能面や田楽・能舞などの伝統文化も受け継がれています。
今の池田町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,423人です。今の区域で数えた1980年の4,510人とくらべると46.3%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は44.5%です。
主な産業:米を中心とした農業が主で、兼業を含め多くの世帯が農業を営んでいます。
特産品・名産
- うららの米除草剤を制限して栽培するブランド米
- ゆうきげんき正直農業の米・野菜町独自の認証制度で作る農産物
見どころ・祭り
- 龍双ヶ滝日本の滝百選に選ばれた滝
- 水海の田楽・能舞鵜甘神社で行われる国の重要無形民俗文化財
- 能面美術館能面を展示する町の美術館
- かずら橋1989年に架けられた吊り橋
木スギ花シャクナゲ池田町の木・花
池田町のなりたち
池田町(いけだちょう)は、福井県嶺北地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。下池田村・上池田村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の池田町になりました。
今の名前「池田町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
1920年の時点で、この区域の町村は今立郡に属していました。
「池田町」という名前
池田町のある盆地は、古くから「池田郷」と呼ばれてきた一帯です。集落は須波阿須疑神社を総社として結びついてきました。明治の町村制で上池田村と下池田村の二つの村ができ、1955年(昭和30年)に両村が合併したとき、「池田村」の名が付けられました。1964年(昭和39年)に町制を施行して池田町となりました。「池田」という名そのものの由来ははっきりしていません。
まちの成り立ち
池田町は足羽川のいちばん上流、岐阜県との県境に近い小さな盆地にあります。周りを冠山や部子山などの山に囲まれ、冬は雪の多い土地です。人の住む谷間は標高150〜250メートルほどの所に広がり、集落は昔から須波阿須疑神社を中心に結びついてきました。
1889年(明治22年)の町村制で、今立郡に上池田村と下池田村ができました。1955年(昭和30年)3月、この二つの村が合併して池田村が生まれます。1964年(昭和39年)9月1日には町制を施行し、池田町となりました。2005年(平成17年)に今立町が武生市と合併して越前市になってからは、池田町だけで今立郡をつくっています。
町の産業の中心は米づくりです。除草剤の使用を抑えて育てた米を「うららの米」の名で売り出すなど、環境にやさしい農業に取り組んでいます。能楽や能面の文化も受け継がれてきました。水海の鵜甘神社では毎年2月に田楽と能舞が演じられ、国の重要無形民俗文化財に指定されています。町内には能面美術館もあります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、今立郡に上池田村と下池田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1955年3月1日昭和30年今立郡の上池田村と下池田村が合併して池田村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1964年9月1日昭和39年今立郡池田村が町制を施行して池田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。