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佐井村さいむら

佐井村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の佐井村

下北半島の西岸に南北に延びる村です。恐山山地の山々に囲まれ、海岸沿いの集落と山あいの川目に人が暮らします。大佐井川・古佐井川が海へ注ぎます。江戸時代はヒバの積出し港や、蝦夷地へ渡る港として栄えました。南部には国の名勝・天然記念物の仏ヶ浦があり、海岸の多くが下北半島国定公園です。ウニやコンブなど津軽海峡の海の幸が知られます。

今の佐井村の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,788人です。今の区域で数えた1980年の4,174人とくらべると57.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は48.1%です。

1,788人人口(2020年)
−57.2%1980年からの増減
145.6km²面積(概算)
12人/km²人口密度
48.1%65歳以上の割合
4,1741980199020052020
15歳未満 7.0%15〜64歳 45.0%65歳以上 48.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:ウニ・コンブなどの漁業と水産加工、ヒバ製品づくり、仏ヶ浦の観光が主な産業です。

特産品・名産

  • ウニ4月から8月末ごろが旬
  • ひば製品青森ヒバの油を使った石けんなど
  • 昆布製品津軽海峡の真昆布を使った昆布茶など
  • 裂織り古布を裂いて横糸に織り込む織物

見どころ・祭り

  • 仏ヶ浦国の名勝・天然記念物。白緑色の奇岩が連なる
  • 縫道石山特殊植物群落が国の天然記念物
  • 福浦の歌舞伎無形民俗文化財に指定された芸能
  • 願掛岩縁結びの岩として知られる

木ヒバ花スカシユリ鳥ミサゴ佐井村の木・花・鳥

佐井村のなりたち

佐井村(さいむら)は、青森県下北地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに佐井村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は下北郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
146km²今の面積

「佐井村」という名前

「佐井」の地名の由来ははっきりしていません。1889年(明治22年)の町村制で、下北郡の佐井村と長後村が一つになって新しい村が生まれたとき、中心の集落だった佐井の名がそのまま村の名になりました。それから今まで、村の名は変わっていません。

まちの成り立ち

佐井は下北半島の西岸にあり、南北に細長い村です。江戸時代は南部藩領で、ヒバの積出し港として栄えました。1803年(享和3年)には、江戸幕府が佐井を蝦夷地へ渡る港に定め、明治の初めまで北前船も寄港しました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、下北郡の佐井村と長後村が一つになり、新しい佐井村が発足しました。その後は合併も町制施行もなく、村の区域は発足のときのまま続いています。平成の合併の時期には、大間町・風間浦村と三つの町村で合併を話し合いましたが、2006年(平成18年)に協議会が廃止されました。村は恐山山地の600〜800m級の山々に囲まれ、集落は海岸に沿って北から原田・古佐井・大佐井・矢越・磯谷・長後・福浦・牛滝の8か所と、山あいの川目に分かれています。人口の6割近くは大佐井・古佐井の佐井地区に集まっています。南部の仏ヶ浦は国の名勝・天然記念物で、海岸線の多くが下北半島国定公園に含まれます。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、下北郡の佐井村と長後村が合併して佐井村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 2006年4月30日平成18年大間町・風間浦村・佐井村が大間町への編入合併を協議したが、大間町の住民投票で反対が多数となり、合併協議会は同年5月31日に廃止された。種類:その他 出典:www.pref.aomori.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

佐井村1889〜今

参考にした資料