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風間浦村かざまうらむら

風間浦村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の風間浦村

下北半島の北部で、津軽海峡に面した村です。恐山山地の山々が海に迫り、わずかな平地に下風呂・易国間・蛇浦の集落が並びます。目滝川や易国間川などの短い川が海へ注ぎます。村内に鉄道はなく、海沿いを国道279号が走ります。下風呂は藩政時代からの湯治場で、イカ漁を中心とする漁業と温泉の観光が結びついた村です。下北半島国定公園にも含まれます。

今の風間浦村の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,636人です。今の区域で数えた1980年の3,917人とくらべると58.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は46.4%です。

1,636人人口(2020年)
−58.2%1980年からの増減
74.8km²面積(概算)
22人/km²人口密度
46.4%65歳以上の割合
3,9171980199020052020
15歳未満 7.7%15〜64歳 46.0%65歳以上 46.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:イカやあんこうなどの漁業と、下風呂温泉を中心とした観光が主な産業です。

特産品・名産

  • 活イカ津軽海峡でとれるスルメイカ
  • あんこう2020年に村の魚に定められた

見どころ・祭り

  • 下風呂温泉藩政時代からの湯治場
  • 海峡いさりび公園対岸の北海道を望む公園
  • 桑畑温泉村営の入浴施設がある温泉
  • 海峡メモリアルロード大間鉄道の線路跡を整えた観光地

木ヒバ花ハマナス鳥カモメ風間浦村の木・花・鳥

風間浦村のなりたち

風間浦村(かざまうらむら)は、青森県下北地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに風間浦村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は下北郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
75km²今の面積

「風間浦村」という名前

「風間浦」は、1889年(明治22年)の町村制で一つになった下風呂村・易国間村・蛇浦村の名前から、1文字ずつを取って作られた村名です。下風呂の「風」、易国間の「間」、蛇浦の「浦」を合わせています。三つの集落の名前そのものの由来ははっきりしていません。

まちの成り立ち

風間浦は下北半島の北部にあり、恐山山地の山々が津軽海峡に迫る土地です。平地はわずかで、海沿いに下風呂・易国間・蛇浦の三つの地区が並びます。下風呂は藩政時代から湯治場として知られてきました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、下北郡の下風呂村・易国間村・蛇浦村が一つになり、風間浦村が発足しました。村名は三つの村の名から1文字ずつ取ったものです。その後は合併も町制施行もなく、村の区域は発足のときのまま続いています。1971年(昭和46年)に村章を定め、1989年(平成元年)には村の木・花・鳥と村民憲章を定めました。2020年(令和2年)には、あんこうを村の魚に加えています。村内に鉄道はなく、海沿いを国道279号が通ります。下風呂地区には、大間鉄道の線路跡が残り、その一部が観光地として整えられています。背後には矢筈山や大石八森など600m級の山が連なり、目滝川や易国間川が海へ注ぎます。漁業と温泉の観光が村の暮らしを支えています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、下北郡の下風呂村・易国間村・蛇浦村が合併して風間浦村が発足した。種類:町村制 出典:www.kazamaura.jp
  2. 2009年6月7日平成21年むつ市との合併の賛否を問う住民投票で反対が多数となり、風間浦村は単独で村政を続けることになった。種類:その他 出典:www.pref.aomori.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

風間浦村1889〜今

参考にした資料