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北山村きたやまむら

北山村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の北山村

紀伊半島の山間にあり、奈良県と三重県に囲まれた和歌山県の飛び地の村です。和歌山県内のほかの市町村とは接していません。山林が大部分を占め、北山川が村の暮らしと結び付いてきました。杉材を新宮へ運んだ筏師の技術は、観光筏下りに受け継がれています。村原産の柑橘じゃばらも地域を支える特産品です。おくとろ公園には温泉やキャンプ場があり、山と川の自然に触れられます。

今の北山村の区域の人口は、2020年の国勢調査で404人です。今の区域で数えた1980年の790人とくらべると48.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は45.0%です。

404人人口(2020年)
−48.9%1980年からの増減
48.2km²面積(国土地理院)
8人/km²人口密度
45.0%65歳以上の割合
7901980199020052020
15歳未満 9.9%15〜64歳 45.0%65歳以上 45.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:林業、じゃばらの栽培と加工、筏下りや温泉を生かした観光が行われています。

特産品・名産

  • じゃばら村に自生していた柑橘を栽培
  • じゃばら果汁果実を搾ったストレート果汁
  • 杉材古くから村の林業を支えた木材

見どころ・祭り

  • 北山川観光筏下り筏師が丸太の筏を操り急流を下る
  • おくとろ温泉山間の公園内にある温泉施設
  • おくとろ公園キャンプ場やバンガローがある公園

北山村のなりたち

北山村(きたやまむら)は、和歌山県紀南地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに北山村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は東牟婁郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
48km²今の面積

「北山村」という名前

この地域は、紀州の領地であったころから「北山」と呼ばれていました。1889年(明治22年)の町村制により、七色村・竹原村・大沼村・下尾井村・小松村の五村が合併し、北山村が誕生しました。古くからの地域の呼び名が、新しい村の名前として受け継がれました。五つの集落は、北山川を通じて新宮と深く結び付いていた土地です。

まちの成り立ち

北山村の人々は、北山川とともに暮らしてきました。良質な杉材に恵まれ、伐採した木材を筏に組み、川を下って新宮へ運びました。筏師と新宮の木材業者は、互いの仕事を支える関係にありました。

1871年(明治4年)の廃藩置県の際、新宮が和歌山県に入ると、この地域の五村も住民の意向により和歌山県に属することになりました。新宮との経済や文化の結び付きが、現在の飛び地につながりました。1889年(明治22年)には七色村・竹原村・大沼村・下尾井村・小松村が合併し、東牟婁郡北山村が発足しました。

木材の運搬がトラックへ移り、昭和30年代にダム建設が進むと、仕事としての筏流しは姿を消しました。その技術は1979年(昭和54年)、観光筏下りとして復活しました。今も丸太を組んだ筏を筏師が操り、川の急流を下ります。

村では、もともと自生していた柑橘のじゃばらを生かした産業も育ちました。1982年(昭和57年)には大規模農園の造成に着手し、ドリンクやジャムなどの加工が進められました。平成の市町村合併では単独での自立を選び、林業、じゃばら、筏の文化を受け継いでいます。

年表

  1. 1871年廃藩置県に伴い、七色村・竹原村・大沼村・下尾井村・小松村が和歌山県に編入された。種類:その他 出典:www.vill.kitayama.wakayama.jp
  2. 1889年町村制の施行により、東牟婁郡の七色村・竹原村・大沼村・下尾井村・小松村が合併し、北山村が発足した。種類:町村制 出典:www.vill.kitayama.wakayama.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

北山村1889〜今

参考にした資料