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上富田町かみとんだちょう

1920年には4の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の上富田町になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の上富田町

和歌山県の南西部にあり、中央を富田川が流れる町です。田辺市と白浜町に接し、熊野古道中辺路の入口に位置します。川の中流域には平野と集落が広がり、周囲の丘陵ではみかんや梅が栽培されています。黒潮の影響を受けて気候は温暖です。八上王子や稲葉根王子など、熊野参詣の歴史を伝える場所が残ります。国道42号・311号と高速道路が通り、地域の交通を支えています。

今の上富田町の区域の人口は、2020年の国勢調査で15,236人です。今の区域で数えた1980年の11,835人とくらべると28.7%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は27.2%です。

15,236人人口(2020年)
+28.7%1980年からの増減
57.37km²面積(国土地理院)
266人/km²人口密度
27.2%65歳以上の割合
15,2361980199020052020
15歳未満 14.2%15〜64歳 58.5%65歳以上 27.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:平野の米・野菜作りと丘陵の果樹栽培、梅などの農産物加工が行われています。

特産品・名産

  • 南高梅の梅干し町の果樹栽培と加工を代表する産品
  • 温州みかん温暖な気候で育てられる柑橘
  • やまもも初夏に収穫し、シロップにも加工する

見どころ・祭り

  • 八上王子熊野古道中辺路の王子社跡
  • 稲葉根王子富田川沿いの熊野参詣の王子社
  • 一ノ瀬王子富田川を渡って進む参詣道の王子社
  • 道の駅くちくまの農産物や加工品を販売する地域の拠点

木ヤマモモ花さくら上富田町の木・花

上富田町のなりたち

上富田町(かみとんだちょう)は、和歌山県紀南地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。岩田村・市ノ瀬村・生馬村・朝来村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の上富田町になりました。

今の名前「上富田町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の生馬村が約20km²だったのに対し、今の上富田町は約56km²と、およそ2.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は西牟婁郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧朝来村の区域には朝来駅(紀勢本線)があります。

41920年の町村の数
3回合併・編入の回数
57km²今の面積
1958年いちばん新しい合併

「上富田町」という名前

今の町名は、1958年(昭和33年)に合併した旧上富田町の名前を受け継いだものです。町の中央を流れる富田川は、古くは岩田川と呼ばれました。中世に山本氏が治水に力を入れ、川沿いが豊かな穀倉地帯になったことと「富田」の名が結び付けられています。富田川町との合併によって、川の中流域に広がる新しい上富田町が生まれました。

まちの成り立ち

上富田町の中心を流れる富田川の中流域には平地が広がり、早くから農耕が営まれてきました。一ノ瀬などには弥生時代の遺跡があり、岩崎地区では銅鐸も出土しています。中世には山本氏が流域を支配し、川を治めるための整備が進められました。

平安時代末から鎌倉時代にかけて、上皇や貴族、庶民が熊野三山へ向かいました。富田川に沿って東へ進む中辺路には、八上王子や稲葉根王子、一ノ瀬王子などがありました。川と古道に沿う集落には、熊野参詣を支えた歴史が残っています。

昭和の大合併では、1956年(昭和31年)に鮎川村の下鮎川地区が市ノ瀬村へ編入されました。市ノ瀬村と岩田村は合併して上富田町となり、生馬村と朝来村は合併して富田川町となりました。1958年(昭和33年)3月31日に西牟婁郡の上富田町と富田川町が合併し、新しい上富田町が誕生しました。富田川中流の地域が一つの町にまとまりました。平野では米や野菜、丘陵ではみかんや梅が作られ、梅を加工して販売する農家もあります。岡地区では1975年(昭和50年)からひょうたんが本格的に栽培されてきました。

2015年(平成27年)には紀勢自動車道の上富田インターチェンジが開通し、町外との行き来が変わりました。同年には道の駅くちくまのも開業しました。今も熊野古道の入口として、川沿いの歴史と農産物を生かした町づくりが進められています。

年表

  1. 1956年西牟婁郡鮎川村の一部(下鮎川地区)が同郡市ノ瀬村に編入された。種類:一部編入 出典:www.town.kamitonda.lg.jp
  2. 1956年西牟婁郡の市ノ瀬村・岩田村が合併し、上富田町が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.kamitonda.lg.jp
  3. 1956年西牟婁郡の生馬村・朝来村が合併し、富田川町が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.kamitonda.lg.jp
  4. 1958年3月31日昭和33年西牟婁郡の上富田町・富田川町が合併し、新しい上富田町が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.kamitonda.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

上富田町1956〜今
岩田村1889〜1956
市ノ瀬村1889〜1956
生馬村1889〜1956
朝来村1889〜1956同じ名前の駅:朝来駅

参考にした資料