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有田市ありだし

1920年には5の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の有田市になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の有田市

和歌山県の北西部、有田川が紀伊水道へ注ぐ河口に位置する市です。川沿いの平野を山々が囲み、海岸には漁港や島が点在します。温暖な気候を生かしたみかん栽培と、太刀魚などを水揚げする漁業で知られます。市街地は箕島を中心に広がり、東部の宮原や糸我には熊野参詣道に関わる史跡が残ります。海岸や川沿いの景色と、山の斜面に続くみかん畑が、まちの特徴を形づくっています。

今の有田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で26,538人です。今の区域で数えた1980年の35,683人とくらべると25.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.2%です。

26,538人人口(2020年)
−25.6%1980年からの増減
36.83km²面積(国土地理院)
721人/km²人口密度
35.2%65歳以上の割合
35,6831980199020052020
15歳未満 10.5%15〜64歳 54.3%65歳以上 35.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:みかん栽培と漁業に加え、蚊取り線香などの地場産業が営まれています。

特産品・名産

  • 有田みかん山の斜面の段々畑などで栽培
  • 太刀魚箕島漁港などで水揚げする魚
  • 蚊取り線香当地で発展した地場産業の製品

見どころ・祭り

  • 浄妙寺国の重要文化財の多宝塔がある寺
  • 熊野古道宮原と糸我に参詣道の史跡が残る
  • 地ノ島渡船で渡る無人島の海水浴場

木椎花みかん有田市の木・花

有田市のなりたち

有田市(ありだし)は、和歌山県紀中地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。宮原村・保田村・箕島町・糸我村・椒村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の有田市になりました。

今の名前「有田市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の箕島町が約11km²だったのに対し、今の有田市は約36km²と、およそ3.4倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は有田郡・海草郡に属していました。

51920年の町村の数
2回合併・編入の回数
37km²今の面積
1962年いちばん新しい合併

「有田市」という名前

有田の名は、古くからこの地方を指した地名を受け継いでいます。『日本書紀』には「阿提」と記され、その後は安諦郡と呼ばれました。806年(大同元年)に在田と改められ、やがて現在の有田という表記になりました。1954年(昭和29年)に箕島町など一町三村が合併して有田町が生まれ、1956年(昭和31年)の市制施行で有田市となりました。

まちの成り立ち

有田市は、有田川の下流と紀伊水道の海岸に広がるまちです。川沿いの平野と周囲の山々ではみかんが栽培され、海では漁業が営まれてきました。熊野へ向かう道は宮原から有田川を渡り、糸我へ続いています。みかんの出荷や海の交通も、地域の暮らしを支えてきました。

1889年(明治22年)の町村制により、有田郡に宮崎村・宮原村・保田村・糸我村、海部郡に椒村が発足しました。1896年(明治29年)に海部郡と名草郡が統合されると、椒村は海草郡に属しました。1901年(明治34年)には宮崎村が町制を施行し、箕島町と名前を改めました。

1953年(昭和28年)1月1日には椒村が町制を施行し、初島町となりました。同年、有田川の決壊による大きな水害が起こり、災害復興を目的とする都市計画が始まりました。1954年(昭和29年)9月19日、箕島町・宮原村・保田村・糸我村が合併して有田町が誕生しました。

有田町は1956年(昭和31年)5月1日に市制を施行しました。1962年(昭和37年)8月1日に海草郡初島町を編入し、現在につながる市域となりました。旧町村の地域には、みかん畑、漁港、熊野参詣道に関わる史跡が残り、川と海を結ぶまちの歩みを伝えています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、有田郡に宮崎村・宮原村・保田村・糸我村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、海部郡に椒村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1896年4月1日明治29年海部郡と名草郡の統合により、椒村の所属郡が海草郡となった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  4. 1901年3月16日明治34年有田郡宮崎村が町制を施行するとともに改称し、箕島町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1953年1月1日昭和28年海草郡椒村が町制を施行するとともに改称し、初島町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1954年9月19日昭和29年有田郡の箕島町・宮原村・保田村・糸我村が合併し、有田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1956年5月1日昭和31年有田郡有田町が市制を施行し、有田市となった。種類:市制施行 出典:www.city.arida.lg.jp
  8. 1962年8月1日昭和37年海草郡初島町が有田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

有田町→有田市1954〜今
椒村→初島町1889〜1962
宮原村1889〜1954
保田村1889〜1954
箕島町1901〜1954
糸我村1889〜1954

参考にした資料