今の利島村
伊豆諸島の北部、伊豆大島の南にある利島を区域とする村です。宮塚山を中心にした円すい状の島で、斜面には椿林が広がります。平地は少なく、港と集落は北側にまとまっています。椿の実を集めて油を搾る仕事や、イセエビ、サザエなどの漁業が営まれています。島の道を歩くと椿林や神社、海を見渡す場所が続き、山と海が近い島の暮らしが見られます。
今の利島村の区域の人口は、2020年の国勢調査で327人です。今の区域で数えた1980年の278人とくらべると17.6%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は24.5%です。
主な産業:椿油の生産、アシタバなどの農業、イセエビやサザエの漁業、観光が行われています。
特産品・名産
- 椿油島の椿の実から搾る油
- イセエビ島の周囲の海で水揚げされる魚介
- サザエ島の特産として知られる貝
見どころ・祭り
- 宮塚山島の中央にそびえる山
- 南ヶ山園地島の南側にある海を望む園地
- 阿豆佐和気命神社島で受け継がれる神社
木ツバキ花サクユリ鳥メジロ利島村の木・花・鳥
利島村のなりたち
利島村(としまむら)は、東京都島しょ地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに利島村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、都内でもめずらしい村です。
「利島村」という名前
利島村の名は、村の区域である利島の島名を引き継いだものです。1923年に島嶼町村制が施行されると、島全体を一つの村とする利島村が発足しました。島名がそのまま村名になりました。「利島」という島名の詳しい語源ははっきりしていません。島の北側にまとまる集落と、宮塚山を取り巻く土地を、同じ村名のもとで治めてきました。
まちの成り立ち
利島は、宮塚山を中心とする山が海に向かって落ち込む島です。平地が少なく、港に近い北側に集落がまとまっています。斜面には椿が植えられ、実を集めて油を搾る仕事が島の暮らしに根付いてきました。神社を巡る山廻りなど、島内の道や山と結び付いた習わしも受け継がれています。
伊豆諸島の町村制度は本土より遅れて整いました。大島や八丈島で1908年に島嶼町村制が始まった後、1923年10月1日に利島にも同じ制度が施行され、利島村が発足しました。一つの集落を中心とする島全体が、そのまま一つの自治体になっています。
1926年には大島島庁が大島支庁となり、島を所管する東京府の出先機関の制度も変わりました。1940年には普通町村制へ移行し、1943年の都制施行後は東京都の村として続きました。昭和の大合併や平成の大合併で他の自治体と合併することはなく、同じ村名を保っています。
島内の椿栽培と椿油づくり、イセエビやサザエの漁業は、今も特色のある仕事です。製油施設で島の椿の実を加工し、海と山の恵みを島外にも届けています。定期船やヘリコプターが島外との交通を担い、小さな島の生活を結んでいます。
年表
- 1923年10月1日大正12年島嶼町村制の施行により、東京府利島村が発足した。種類:町村制 出典:www1.g-reiki.net
- 1940年4月1日昭和15年利島村が島嶼町村制から普通町村制に移行した。種類:その他 出典:jahis.law.nagoya-u.ac.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。