今の新島村
伊豆諸島の新島と式根島を中心とする村です。新島には本村と若郷の集落があり、白い砂浜やコーガ石の景観が広がります。式根島は入り江の多い小さな島で、海岸に温泉が湧きます。二つの島は海の交通で結ばれ、漁業や農業、くさやづくり、観光が暮らしを支えます。新島ではサーフィンの海として羽伏浦が知られ、コーガ石を原料にした新島ガラスも作られています。
今の新島村の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,441人です。今の区域で数えた1980年の3,684人とくらべると33.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.6%です。
主な産業:観光、漁業、くさや加工、農業、コーガ石と新島ガラスの生産が行われています。
特産品・名産
- くさや島で作られる魚の干物
- 新島ガラスコーガ石を原料とするガラス製品
- コーガ石新島で産する火山性の石材
見どころ・祭り
- 羽伏浦海岸新島の東側に続く白い砂浜
- 十三社神社新島本村地区にある神社
- 地鉈温泉式根島の海岸に湧く温泉
- 松が下雅湯式根島の海辺にある温泉
木ヒメユズリハ花ハマユウ鳥メジロ新島村の木・花・鳥
新島村のなりたち
新島村(にいじまむら)は、東京都島しょ地域の村です。今の村の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。若郷村・新島本村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の新島村になりました。
今の名前「新島村」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
「新島村」という名前
新島村は、1992年4月1日に新島本村から改称した村名です。新島本村は新島の本村地区と式根島を含む自治体で、1954年には若郷村も編入していました。改称後の名は新島の島名を引き継ぎ、現在は新島と式根島を中心とする村全体の名になっています。新島という島名の語源ははっきりしていませんが、旧村名の「本村」は今も新島の中心集落の地名として残っています。
まちの成り立ち
新島村は、新島と式根島という二つの有人島を中心とする村です。新島の南部には本村、北部には若郷の集落があり、海を隔てた式根島にも暮らしが営まれてきました。海岸の景観に加え、新島のコーガ石を使う建築や加工の仕事が地域の特色になっています。
1923年10月1日、島嶼町村制の施行によって新島本村と若郷村が発足しました。式根島は新島本村に属し、新島の中には二つの村が並びました。両村は1940年に普通町村制へ移行し、1943年の都制施行後は東京都の村となっています。
1954年、新島本村が若郷村を編入し、新島と式根島の行政が一つにまとまりました。若郷の名は編入後も地区名や学校名に残りました。1992年4月1日には新島本村を新島村と改称しました。新島の本村・若郷地区では、これに伴って住居表示も変わりました。
平成の大合併では他の自治体との合併を行わず、二つの島を持つ村として続いています。新島ではサーフィンやコーガ石、新島ガラスが知られ、式根島では入り江や海岸の温泉を生かした観光が営まれています。本村・若郷・式根島という三つの地域が、それぞれの暮らしを保ちながら村を形づくっています。
年表
- 1923年10月1日大正12年島嶼町村制の施行により、東京府に新島本村・若郷村が発足し、式根島は新島本村に属した。種類:町村制 出典:www.tokyo-mayors.jp
- 1940年4月1日昭和15年新島本村・若郷村が島嶼町村制から普通町村制に移行した。種類:その他 出典:jahis.law.nagoya-u.ac.jp
- 1954年若郷村が新島本村に編入された。種類:編入 出典:tokyo-atv.gr.jp
- 1992年4月1日平成4年新島本村が改称し、新島村となった。種類:改称 出典:www.niijima.com
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。