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三宅村みやけむら

1920年には6の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の三宅村になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の三宅村

伊豆諸島の三宅島と周辺の島を区域とする村です。中央に雄山がそびえ、集落や道路は島の周囲に分布します。溶岩の大地や火口湖、海岸には火山がつくった景観が残ります。伊豆・神着・伊ヶ谷・阿古・坪田の地区が村を形づくり、漁業や農業、観光が営まれています。野鳥のアカコッコが暮らす島としても知られ、海と森林、火山の自然が身近にあります。

今の三宅村の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,273人です。今の区域で数えた1980年の4,228人とくらべると46.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.4%です。

2,273人人口(2020年)
−46.2%1980年からの増減
55.26km²面積(国土地理院)
41人/km²人口密度
39.4%65歳以上の割合
4,2281980199020052020
15歳未満 9.9%15〜64歳 50.7%65歳以上 39.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:漁業、アシタバなどの農業、ダイビングや野鳥観察を生かした観光が行われています。

特産品・名産

  • アシタバ島で栽培される特産の野菜
  • キンメダイ島の周囲の海で水揚げされる魚
  • パッションフルーツ島で栽培される果実

見どころ・祭り

  • 大路池森林に囲まれた火口湖
  • 火山体験遊歩道阿古地区の溶岩上を歩く道
  • アカコッコ館島の自然と野鳥を学ぶ施設
  • 富賀神社島の信仰と伝説を伝える神社

木シイ花ガクアジサイ鳥アカコッコ三宅村の木・花・鳥

三宅村のなりたち

三宅村(みやけむら)は、東京都島しょ地域の村です。今の村の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。神着村・伊豆村・伊ヶ谷村・三宅島他・坪田村・阿古村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の三宅村になりました。

今の名前「三宅村」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の坪田村が約16km²だったのに対し、今の三宅村は約54km²と、およそ3.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は大島島庁に属していました。

61920年の町村の数
2回合併・編入の回数
55km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

「三宅村」という名前

三宅村の名は、三宅島という島名にちなみます。島名の由来には、島の形を三つの家に見立てたという説、神社の多い島を「宮家島」と呼んだという説、噴火の多さから「御焼島」と呼んだという説があります。一つの語源には定まっていません。1946年に三つの村が合併して三宅村となり、1956年の新設合併で島全体がまとまった際にも、この名を引き継ぎました。

まちの成り立ち

三宅島では、雄山の周囲に海沿いの集落が発達しました。古くから神社や噴火にまつわる伝説が伝わり、江戸時代には流刑地にもなりました。暮らしは漁業や農業とともに営まれ、火山の活動に何度も向き合ってきました。

1923年10月1日、島嶼町村制の施行によって、伊豆村・神着村・伊ヶ谷村・阿古村・坪田村の五村が発足しました。1940年には普通町村制に移行し、1943年4月には島を所管する三宅支庁が大島支庁から分かれています。

1946年10月1日、島の北側にある伊豆村・神着村・伊ヶ谷村が合併し、最初の三宅村が生まれました。1956年2月1日には、その三宅村と阿古村・坪田村が合併して、改めて三宅村が発足しました。同じ名の新しい村として島内の行政がまとまりました。五つの旧村の名は、今も島内の地区名として残っています。

2000年の雄山の噴火では全島民が島外に避難し、2005年に避難指示が解除されて帰島が始まりました。島外避難中も村は存続し、戻った人々が暮らしと産業を再建しました。現在は漁業や農業に加え、海の活動、火山の景観、野鳥観察を生かした観光が行われています。

年表

  1. 1923年10月1日大正12年島嶼町村制の施行により、東京府三宅島に伊豆村・神着村・伊ヶ谷村・阿古村・坪田村が発足した。種類:町村制 出典:www.tokyo-mayors.jp
  2. 1940年4月1日昭和15年伊豆村・神着村・伊ヶ谷村・阿古村・坪田村が島嶼町村制から普通町村制に移行した。種類:その他 出典:jahis.law.nagoya-u.ac.jp
  3. 1946年10月1日昭和21年伊豆村・神着村・伊ヶ谷村が合併し、三宅村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.tokyo-mayors.jp
  4. 1956年2月1日昭和31年三宅村・阿古村・坪田村が合併し、改めて三宅村が生まれた。種類:新設合併 出典:tokyo-atv.gr.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

三宅村1946〜今
坪田村1923〜1956
阿古村1923〜1956
神着村1923〜1946
伊豆村1923〜1946
伊ヶ谷村1923〜1946
三宅島他1889〜1946

参考にした資料