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御蔵島村みくらじまむら

御蔵島村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の御蔵島村

伊豆諸島の御蔵島と周辺の島を区域とする村です。海から急な斜面が立ち上がり、内陸には森林と巨木が広がります。集落と港は島の北側にまとまり、川や湧き水が暮らしを支えています。周囲の海にはバンドウイルカが暮らし、イルカや森を観察する観光が行われています。山のツゲや桑を使う工芸、御蔵の源水というミネラルウォーターも、島の特色です。

今の御蔵島村の区域の人口は、2020年の国勢調査で323人です。今の区域で数えた1980年の225人とくらべると43.6%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は18.0%です。

323人人口(2020年)
+43.6%1980年からの増減
20.39km²面積(国土地理院)
16人/km²人口密度
18.0%65歳以上の割合
3481980199020052020
15歳未満 18.6%15〜64歳 63.5%65歳以上 18.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:イルカや森林を生かした観光、木材加工、ミネラルウォーターの製造が行われています。

特産品・名産

  • ツゲの加工品島の木材を使う工芸品
  • 桑材の加工品島で受け継がれる木工品
  • 御蔵の源水島の水を使うミネラルウォーター

見どころ・祭り

  • 御代が池森林に囲まれた島の池
  • 南郷の大ジイ島の南側に育つスダジイの巨木
  • 御蔵島観光資料館島内にある資料館

木ツゲ花ニオイエビネラン鳥オオミズナギドリ御蔵島村の木・花・鳥

御蔵島村のなりたち

御蔵島村(みくらじまむら)は、東京都島しょ地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに御蔵島村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、都内でもめずらしい村です。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
20km²今の面積

「御蔵島村」という名前

御蔵島村の名は、村の区域である御蔵島の島名を引き継いでいます。1923年に島嶼町村制が施行され、島全体を一つの自治体とする御蔵島村が発足しました。島名がそのまま村名になりました。「御蔵島」という島名そのものの詳しい語源ははっきりしていません。村は島の北側の集落と、御山へ続く森林や海岸を、同じ名前のもとで治めてきました。

まちの成り立ち

御蔵島は、海から急な斜面が立ち上がり、山地に森林が広がる島です。北側の集落を中心に人々が暮らし、山の木を使う仕事や海の漁が営まれてきました。島にはスダジイなどの巨木が育ち、ツゲや桑の木材を利用する工芸も受け継がれています。

1889年に本土で町村制が始まったころ、御蔵島には同じ制度が適用されていませんでした。1923年10月、島嶼町村制が施行され、自治体としての御蔵島村が成立しました。島の集落と森林を、一つの村がまとめる形になっています。

1940年4月1日には普通町村制へ移行しました。1943年4月には、御蔵島を所管する出先機関が大島支庁から三宅支庁へ変わり、同年の都制施行後は東京都の村として続きました。昭和の大合併では近くの三宅島が一つの村にまとまりましたが、御蔵島村は他の自治体と合併しませんでした。平成の大合併でも単独の村を保っています。

今は森林の巨木や海のバンドウイルカを生かした観光が島の特色です。山の水は暮らしを支え、ミネラルウォーターにもなっています。小さな集落と広い森林、周囲の海を、一つの村として守りながら暮らしてきた歴史があります。

年表

  1. 1923年10月大正12年御蔵島村に島嶼町村制が施行された。種類:町村制 出典:tokyo-atv.gr.jp
  2. 1940年4月1日昭和15年御蔵島村に普通町村制が施行された。種類:その他 出典:jahis.law.nagoya-u.ac.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

御蔵島村1923〜今

参考にした資料