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神津島村こうづしまむら

神津島村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の神津島村

伊豆諸島の神津島を区域とする村です。島の中央には天上山があり、山頂付近の地形や白い砂浜、入り組んだ海岸が広がります。集落は西側の港付近にまとまり、山の湧き水が暮らしを支えています。漁業やアシタバなどの栽培が行われ、登山や海水浴、温泉を生かした観光も盛んです。島で産する黒曜石と、神々が水を分けたという伝説も神津島の特色です。

今の神津島村の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,855人です。今の区域で数えた1980年の2,210人とくらべると16.1%減り、人口は1990年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は31.6%です。

1,855人人口(2020年)
−16.1%1980年からの増減
18.58km²面積(国土地理院)
100人/km²人口密度
31.6%65歳以上の割合
2,3141980199020052020
15歳未満 14.8%15〜64歳 53.6%65歳以上 31.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:漁業、アシタバや観葉植物などの農業、登山や海を生かした観光が行われています。

特産品・名産

  • 島焼酎島で作られる酒
  • 岩のり島の海で採れる海藻の加工品
  • 赤イカの塩辛赤イカを使う島の加工食品

見どころ・祭り

  • 天上山島の中央にそびえる山
  • 赤崎遊歩道岩の海岸に沿って設けられた遊歩道
  • 前浜海岸集落近くに広がる砂浜
  • 物忌奈命神社島で受け継がれる神社

木サカキ花コウヅエビネ鳥イソヒヨドリ神津島村の木・花・鳥

神津島村のなりたち

神津島村(こうづしまむら)は、東京都島しょ地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに神津島村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、都内でもめずらしい村です。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
19km²今の面積

「神津島村」という名前

神津島村の名は、神津島という島名を引き継いでいます。島には、伊豆の島々をつくった神々が天上山に集まり、水を分ける相談をしたという伝説が残っています。神が集う島という語りが、神津島の名と結び付いて伝えられてきました。1923年には神津島村という名称となり、同年に島嶼町村制が始まりました。村名はその後の合併期にも変わらず、島全体の名として続いています。

まちの成り立ち

神津島には古くから人が暮らし、島で産する黒曜石は海を越えて運ばれてきました。海沿いの集落を中心に漁業や農業が営まれ、天上山や湧き水にまつわる伝説も受け継がれています。島の神社や祭りには、伊豆諸島の島々と結び付いた歴史が残ります。

本土の町村制が始まった1889年には、神津島にはまだ同じ制度が適用されていませんでした。1923年8月1日に神津島村という名称になり、同年10月に島嶼町村制が施行されました。島全体が一つの自治体として歩み始め、名主などの役職も村長などへ変わりました。

1940年には普通町村制へ移行し、1943年の都制施行後は東京都の村となりました。昭和の大合併では大島や三宅島、八丈島で複数の村がまとまりましたが、神津島村は他の自治体と合併することなく存続しました。平成の大合併でも村の名称とまとまりを保っています。

集落は島の西側の港付近に集中し、海と山を身近にする暮らしが続いています。漁業や農業に加え、天上山の登山、海水浴、温泉などの観光が村を支えます。豊かな水と、黒曜石や白い砂浜を持つ島の自然が、昔から今まで村の特色になっています。

年表

  1. 1923年8月1日大正12年神津島が神津島村と改称された。種類:改称 出典:www.vill.kouzushima.tokyo.jp
  2. 1923年10月大正12年神津島村に島嶼町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.vill.kouzushima.tokyo.jp
  3. 1940年4月1日昭和15年神津島村が島嶼町村制から普通町村制に移行した。種類:その他 出典:jahis.law.nagoya-u.ac.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

神津島村1923〜今

参考にした資料