今の河津町
伊豆半島南部の東海岸にある町です。天城山から相模灘へ向けて河津川が流れ、川沿いに平野が開けています。温泉も多く、今井浜温泉や峰温泉、湯ヶ野温泉があります。早咲きの桜、河津桜の発祥地として2月に多くの観光客が訪れます。川端康成の小説『伊豆の踊子』の舞台になった旧天城街道や、七つの滝からなる河津七滝もあり、自然と歴史を感じられる町です。
今の河津町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,870人です。今の区域で数えた1980年の9,509人とくらべると27.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は43.1%です。
主な産業:温泉と河津桜を中心とする観光業と、わさびや柑橘などの農業が営まれています。
特産品・名産
- 河津桜町の木。この地で見つかった早咲きの桜
- わさび丼生ワサビ付きの七滝地区の名物
見どころ・祭り
- 河津桜並木河津川沿いの早咲きの桜並木
- 河津七滝伊豆山中の七つの滝
- 河津七滝ループ橋1981年に供用開始
- 天城山隧道国の重要文化財
木河津桜花花菖蒲河津町の木・花
河津町のなりたち
河津町(かわづちょう)は、静岡県伊豆地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。上河津村・下河津村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の河津町になりました。
今の名前「河津町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
1920年の時点で、この区域の町村は賀茂郡に属していました。
「河津町」という名前
「河津」の地名の由来ははっきりしていません。平城京跡から出た荷札の木簡や、9世紀の『和名類聚抄』には、賀茂郡の郷の一つとして「川津」の名が見えます。江戸時代には河津上郷・河津下郷と呼ばれる村々があり、1889年(明治22年)の町村制でそれぞれ上河津村・下河津村となりました。1958年(昭和33年)に二つの村が合併して町制を施行したとき、町名を河津町としました。
まちの成り立ち
河津は、伊豆半島南部の東海岸にあり、天城山の南麓から海岸までが町域です。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、河津下郷の見高・浜・笹原・田中・沢田・峰・谷津・縄地・逆川の9か村が合わさって下河津村が、河津上郷の梨本・大鍋・小鍋・湯ヶ野・下佐ヶ野・川津筏場の6か村が合わさって上河津村が発足しました。1958年(昭和33年)9月1日、2つの村が新設合併して町制を施行し、河津町が発足しました。1961年に伊豆急行が全線開通して河津駅が開業し、地域で初めての鉄道駅になりました。1955年に田中の住民が河津川沿いで見つけた桜の若木は、1974年に新しい品種と判明して河津桜と名づけられ、1975年に町の木に選ばれました。1981年には河津七滝ループ橋の供用が始まり、1991年には第1回の河津桜まつりが開かれています。1996年には、下田街道の梨本から小鍋の区間が「歴史の道百選」に選ばれました。平成の大合併では、2003年に下田市・南伊豆町と法定合併協議会を設けたものの同じ年の12月に離脱を表明し、2008年には下田市・南伊豆町・松崎町との1市3町の協議会に加わりましたが、2009年に南伊豆町と松崎町の議会が議案を否決し、合併は実現しませんでした。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、賀茂郡に河津下郷の9か村で下河津村が、河津上郷の6か村で上河津村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1958年9月1日昭和33年賀茂郡の上河津村と下河津村が合併し、町制を敷いて河津町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。