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別府市べっぷし

1920年には5の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の別府市になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の別府市

今の別府市の区域の人口は、2020年の国勢調査で115,321人です。今の区域で数えた1980年の136,485人とくらべると15.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.5%です。

115,321人人口(2020年)
−15.5%1980年からの増減
125.34km²面積(国土地理院)
920人/km²人口密度
35.5%65歳以上の割合
136,4851980199020052020
15歳未満 10.8%15〜64歳 53.8%65歳以上 35.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

別府市のなりたち

別府市(べっぷし)は、大分県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。御越町・朝日村・石垣村・南端村・別府町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の別府市になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1924年(大正13年)4月1日に別府町が市になり、別府市となりました(市制施行)。1925年(大正14年)1月1日に御越町が、別府市と一つになりました。1935年(昭和10年)9月4日に朝日村・石垣村が、別府市に入りました(編入)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1956年(昭和31年)4月1日に南端村が、別府市に入りました(編入)。

今の名前「別府市」は、1920年にあった別府町の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の別府町が約22km²だったのに対し、今の別府市は約120km²と、およそ5.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は速見郡に属していました。

51920年の町村の数
3回合併・編入の回数
125km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

年表

  1. 1924年4月1日大正13年別府町が市になり、別府市となった(市制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 1925年1月1日大正14年御越町が、別府市と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  3. 1935年9月4日昭和10年朝日村・石垣村が、別府市に入った(編入)出典:wiki
  4. 1956年4月1日昭和31年南端村が、別府市に入った(編入)出典:wiki

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

別府町→別府市1893〜今
南端村1889〜1956
朝日村1889〜1935
石垣村1889〜1935
御越町1901〜1925