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東彼杵町ひがしそのぎちょう

東彼杵町がたどってきた合併の歴史です。

1町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の東彼杵町

今の東彼杵町の区域の人口は、2020年の国勢調査で7,721人です。今の区域で数えた1980年の10,353人とくらべると25.4%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.8%です。

7,721人人口(2020年)
−25.4%1980年からの増減
74.29km²面積(国土地理院)
104人/km²人口密度
38.8%65歳以上の割合
10,3631980199020052020
15歳未満 11.1%15〜64歳 50.1%65歳以上 38.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

東彼杵町のなりたち

東彼杵町(ひがしそのぎちょう)は、長崎県の町です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では千綿村でした。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1959年(昭和34年)5月1日に千綿村・彼杵町が合わさって、東彼杵町が生まれました。

1920年の時点で、この区域の町村は東彼杵郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧千綿村の区域には千綿駅(大村線)があります。

11920年の町村の数
1回合併・編入の回数
74km²今の面積
1959年いちばん新しい合併

年表

  1. 1959年5月1日昭和34年千綿村・彼杵町が合わさって、東彼杵町が生まれた出典:同じ合併に加わった町村の日付から・国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

東彼杵町1959〜今
千綿村1889〜1959同じ名前の駅:千綿駅
彼杵町1889〜1959同じ名前の駅:彼杵駅