今の鳥羽市
三重県南東部、志摩半島の北東端にある市で、伊勢湾に面したリアス式海岸と、坂手島・菅島・答志島・神島などの離島を含みます。江戸時代は鳥羽藩の城下町、港町として栄え、今は海女漁や真珠・カキの養殖、温泉や水族館をいかした観光のまちです。海を生かした漁業と観光が二本柱で、宿泊施設も大規模なホテルから民宿まで数多くあります。
今の鳥羽市の区域の人口は、2020年の国勢調査で17,525人です。今の区域で数えた1980年の28,812人とくらべると39.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.6%です。
主な産業:観光業と水産業が中心です。カキ(浦村かき)や真珠の養殖が有名で、イセエビ・アワビ・海苔もとれ、海女漁も古くから盛んです。
特産品・名産
- 浦村かき鳥羽の養殖カキ
- 真珠鳥羽の養殖業の代表
- イセエビ・アワビ鳥羽の海の幸
見どころ・祭り
- 鳥羽水族館鳥羽市最大の観光スポット
- ミキモト真珠島真珠の博物館などがあり、海女の実演も行われる
- 鳥羽城跡鳥羽藩の城跡。県史跡
- 神島三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台
- ゲーター祭1月1日に神島で行われる祭り
木ヤマトタチバナ花ハマナデシコ鳥カモメ鳥羽市の木・花・鳥
鳥羽市のなりたち
鳥羽市(とばし)は、三重県南勢地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。坂手村・神島村・答志村・桃取村・菅島村・加茂村・鏡浦村・長岡村・鳥羽町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の鳥羽市になりました。
今の名前「鳥羽市」は、1920年にあった鳥羽町の名前を受け継いでいます。ほかの8の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の鳥羽町が約11km²だったのに対し、今の鳥羽市は約105km²と、およそ9.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は志摩郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、志摩郡は2004年(平成16年)10月1日に廃止されました。
「鳥羽市」という名前
市名は、江戸時代に鳥羽藩の城下町として栄え、志摩地方の中心だった鳥羽町の名をそのまま受け継いだものです。1954年(昭和29年)に鳥羽町と周りの7村が合併して市になったときも、「鳥羽」の名が選ばれました。「鳥羽」という地名そのものの語源を確かめられる資料は見つかっていません。
まちの成り立ち
鳥羽は、江戸時代には鳥羽藩の城下町で、志摩国の政治と経済の中心でした。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、答志郡に鳥羽町と、答志村・神島村・坂手村・加茂村・鏡浦村・長岡村ができました。1896年(明治29年)に答志郡と英虞郡が合わさって志摩郡となり、翌1897年(明治30年)には答志村から菅島村と桃取村が分かれています。1942年(昭和17年)6月10日に坂手村が鳥羽町に編入され、1954年(昭和29年)11月1日、鳥羽町と加茂村・長岡村・鏡浦村・桃取村・答志村・菅島村・神島村が合併して鳥羽市が生まれました。市域には坂手島・菅島・答志島・神島の4つの有人離島があり、旧村名の加茂・長岡・鏡浦は今も地区の呼び名として使われています。2004年(平成16年)に志摩郡の5町が志摩市になった後も、鳥羽市は合併せずに続いています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、答志郡に鳥羽町・答志村・神島村・坂手村・加茂村・鏡浦村・長岡村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年答志郡と英虞郡の区域で志摩郡が発足し、各町村は志摩郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1897年5月31日明治30年志摩郡答志村の一部が分立して、菅島村と桃取村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1942年6月10日昭和17年志摩郡坂手村が鳥羽町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年11月1日昭和29年志摩郡の鳥羽町・加茂村・長岡村・鏡浦村・桃取村・答志村・菅島村・神島村が合併し、市制を敷いて鳥羽市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。