今の土佐清水市
高知県の南西部、太平洋に突き出た足摺半島にある市です。海岸線の大部分は足摺宇和海国立公園に入り、足摺岬や竜串海岸などの景勝地があります。高速道路や鉄道が通らない市で、水産業、とくに遠洋漁業とカツオ節づくりが営まれています。ジョン万次郎の生家が復元されており、四国八十八箇所第38番札所の金剛福寺があります。
今の土佐清水市の区域の人口は、2020年の国勢調査で12,388人です。今の区域で数えた1980年の24,252人とくらべると48.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は50.6%です。
主な産業:遠洋漁業などの水産業が中心で、かつおぶし工場や造船所もあります。
特産品・名産
- 清水サバ市の主な水産物
- かつおぶし市内の工場で加工する
- めじか市の魚に定められた魚
見どころ・祭り
- 足摺岬四国八十八景の景勝地。灯台と散策路がある
- 竜串海岸四国八十八景に選ばれた海岸
- 金剛福寺四国八十八箇所第38番札所
- 大岐の浜アカウミガメの産卵地
- ジョン万次郎資料館ジョン万次郎の資料を展示する
木アコウ花椿鳥イソヒヨドリ土佐清水市の木・花・鳥
土佐清水市のなりたち
土佐清水市(とさしみずし)は、高知県幡多の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。清松村・上灘村・伊豆田村・下川口村・三崎村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の土佐清水市になりました。
今の名前「土佐清水市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の伊豆田村が約73km²だったのに対し、今の土佐清水市は約257km²と、およそ3.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は幡多郡に属していました。
「土佐清水市」という名前
「土佐清水」の「清水」は、足摺半島の西海岸にある名水「清水の名水」から取ったと伝えられています。もとは清松村と呼ばれ、1924年(大正13年)に清水村と改称して清水町となりました。1954年(昭和29年)8月1日に清水町・下ノ加江町・三崎町・下川口町が合わさって市制を施行したときに、旧国名の「土佐」を冠した土佐清水市になりました。
まちの成り立ち
土佐清水市は、高知県の南西部、太平洋に突き出た足摺半島にあります。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、幡多郡に清松村・上灘村・伊豆田村・三崎村・下川口村が成立しました。清松村は1924年(大正13年)7月1日に清水村と改称し、9月15日に町制を施行して清水町になりました。1941年(昭和16年)4月1日には上灘村を編入しています。三崎村は1947年(昭和22年)11月3日に町制を施行して三崎町となり、伊豆田村は1950年(昭和25年)11月3日に町制を施行して下ノ加江町に、下川口村は11月11日に町制を施行して下川口町になりました。1954年(昭和29年)8月1日、清水町・下ノ加江町・三崎町・下川口町が合わさって市制を施行し、土佐清水市が発足しました。主な産業は水産業で、遠洋漁業やカツオ節づくりが営まれてきました。海岸線の大部分は足摺宇和海国立公園に入り、足摺岬があります。市内に高速道路や鉄道は通っていません。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、幡多郡に清松村・上灘村・伊豆田村・三崎村・下川口村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1924年7月1日大正13年清松村が改称して清水村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1924年9月15日大正13年清水村が町制を施行して清水町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1941年4月1日昭和16年上灘村が清水町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1947年11月3日昭和22年三崎村が町制を施行して三崎町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1950年11月3日昭和25年伊豆田村が町制を施行し、改称して下ノ加江町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1950年11月11日昭和25年下川口村が町制を施行して下川口町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年8月1日昭和29年清水町・下ノ加江町・三崎町・下川口町が合併し、市制を施行して土佐清水市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。