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葉山町はやままち

葉山町は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている町です。

1町村から

今の葉山町

三浦半島の西側、相模湾に面する町です。海岸には森戸、一色、長者ヶ崎・大浜の海水浴場があり、砂浜と岩場が交互に続きます。海の近くには葉山港があり、ヨットやボートなどのマリンスポーツに親しまれています。明治に御用邸が設けられて以来、保養地として歩んできました。内陸には丘陵と集落が広がります。町内に鉄道はなく、逗子方面などからのバスが交通を支えています。

今の葉山町の区域の人口は、2020年の国勢調査で31,665人です。今の区域で数えた1980年の28,359人とくらべると11.7%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は32.3%です。

31,665人人口(2020年)
+11.7%1980年からの増減
17.04km²面積(国土地理院)
1,858人/km²人口密度
32.3%65歳以上の割合
32,7661980199020052020
15歳未満 12.7%15〜64歳 55.0%65歳以上 32.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:海辺の観光や漁業、農業、住宅地を支える商業が営まれています。

特産品・名産

  • 葉山牛町の特産物として紹介される和牛
  • 夏みかんワインや菓子にも使われる特産果実
  • わかめ葉山の海で育つ海藻

見どころ・祭り

  • 森戸海岸海水浴や磯遊びに親しまれる海岸
  • 一色海岸御用邸の近くにある海岸
  • 葉山港ヨットなどの港湾施設

木くろまつ花つつじ鳥うぐいす葉山町の木・花・鳥

葉山町のなりたち

葉山町(はやままち)は、神奈川県横須賀三浦地域の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに葉山村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。

1920年の時点で、この区域の町村は三浦郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
17km²今の面積

「葉山町」という名前

「葉山」は、中世の記録にも見える古い地名です。小田原衆所領役帳には、山口・木古庭・葉山・長柄の名が並びます。このころの葉山は堀内と一色を合わせた呼び名と考えられています。1889年に周辺の6村が合併した際、葉山村の名となりました。ただし、「葉」と「山」の字が選ばれた経緯ははっきりしていません。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制施行により、三浦郡の木古庭村・上山口村・下山口村・一色村・堀内村・長柄村が合併して葉山村が発足しました。海沿いの集落と内陸の山あいの集落を一つにした村です。1925年(大正14年)1月1日には町制を施行し、葉山町となりました。

保養地としての歩みは、町になる前から始まっています。明治20年ごろには駐日イタリア公使マルチーノや医師ベルツが訪れ、自ら別荘を設けました。1889年6月に横須賀線が開通すると、逗子駅を通じて訪れる人が増え、別荘が次々に建てられました。1894年(明治27年)には葉山御用邸が完成しています。交通の変化と御用邸の建設が、海辺の村の性格を形づくりました。

昭和・平成の大合併でも葉山町はほかの市町村と合併せず、明治にまとまった6村を基礎とする町として続いています。木古庭や長柄、一色などの名前は、現在も町内の地区名に残ります。町内に鉄道は通っておらず、逗子方面からのバスが海岸と内陸の集落を結んでいます。海水浴やヨットなどに親しむ海辺と、丘陵の暮らしが同じ町の中にあります。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、三浦郡木古庭村・上山口村・下山口村・一色村・堀内村・長柄村が合併し、葉山村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.kanagawa.jp
  2. 1925年1月1日大正14年三浦郡葉山村が町制を施行し、葉山町となった。種類:町制施行 出典:www.town.hayama.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

葉山村→葉山町1889〜今

参考にした資料