今の宇多津町
香川県の中ほど、瀬戸内海に面した町で、東は坂出市、西は丸亀市に接しています。町内には青ノ山や聖通寺山があり、大束川が流れます。古くから港町として栄え、かつては広い塩田がありましたが、1972年に塩業は終わりました。瀬戸大橋の開通のころから塩田跡の再開発が進み、ゴールドタワーや四国水族館などが建ちました。
今の宇多津町の区域の人口は、2020年の国勢調査で18,699人です。今の区域で数えた1980年の11,341人とくらべると64.9%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は21.7%です。
主な産業:商業と観光が中心で、かつては塩づくりが盛んでした。
特産品・名産
- 塩臨海公園の復元塩田で入浜式の塩をつくる
見どころ・祭り
- うたづ臨海公園復元された入浜式塩田がある
- ゴールドタワー瀬戸大橋を見渡す展望タワー
- 四国水族館2020年に開館した水族館
- 郷照寺四国八十八箇所の第78番札所
- 聖通寺山瀬戸大橋を望む展望台がある
木サクラ花サツキ宇多津町の木・花
宇多津町のなりたち
宇多津町(うたづちょう)は、香川県中讃の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。飯野村・宇多津町です。
今の名前「宇多津町」は、1920年にあった宇多津町の名前を受け継いでいます。ほかの1の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は綾歌郡に属していました。
「宇多津町」という名前
宇多津の名は、古代の鵜足郡の「津」、つまり港を表す「鵜足津(うたづ)」に由来します。町章もカタカナの「ウ」を、飛び立つ鵜の形に図案化したもので、この古い地名にちなんでいます。宇多津は古くから港町として栄え、1890年(明治23年)の町村制でできた宇多津村も、1898年(明治31年)に町になってからもこの名を使い続けています。
まちの成り立ち
1890年(明治23年)2月15日、町村制の施行で鵜足郡宇多津村が発足しました。この時に周りの村との合併はなく、1898年(明治31年)2月11日に町制を施行して宇多津町となりました。1899年(明治32年)4月1日には、鵜足郡と阿野郡が合わさって綾歌郡となっています。昭和の大合併のころも町の形はほとんど変わらず、1955年(昭和30年)5月3日に、丸亀市へ編入された飯野村のうち大字東分の一部を受け入れました。平成の大合併でも合併せず、東の坂出市と西の丸亀市にはさまれた、県内でいちばん面積の小さい町として続いています。南北朝時代の1363年(貞治2年)には細川頼之が宇多津に館を構え、讃岐の守護所としたと伝わります。町内には四国八十八箇所の第78番札所の郷照寺があります。広い入浜式塩田で知られましたが、1972年(昭和47年)に塩田は姿を消し、跡地には瀬戸大橋の開通にあわせて新しい市街地がつくられました。
年表
- 1890年2月15日明治23年町村制の施行により、鵜足郡宇多津村が単独で発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1898年2月11日明治31年鵜足郡宇多津村が町制を施行し、宇多津町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1899年4月1日明治32年郡制の施行で鵜足郡と阿野郡が合わさって綾歌郡となり、宇多津町は綾歌郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1955年5月3日昭和30年綾歌郡飯野村の一部(大字東分の一部)が宇多津町に編入され、残りは丸亀市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1959年宇多津町の一部(旧飯野村の一部)が丸亀市に編入された。種類:一部編入 出典:www.city.marugame.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。