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豊浦町とようらちょう

豊浦町は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている町です。

1町村から

今の豊浦町

胆振総合振興局の管内で最も西にある町です。南は内浦湾(噴火湾)に面して断崖が多く、北側は山林地帯です。室蘭本線や国道37号、道央自動車道が通ります。農業と水産業が基幹で、イチゴやアサツキなどの農産物のほか、礼文華地区は内浦湾のホタテ養殖の発祥地とされています。洞爺湖有珠山ジオパークの一部でもあります。

今の豊浦町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,821人です。今の区域で数えた1980年の6,424人とくらべると40.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.6%です。

3,821人人口(2020年)
−40.5%1980年からの増減
256.4km²面積(概算)
15人/km²人口密度
39.6%65歳以上の割合
6,4241980199020052020
15歳未満 10.1%15〜64歳 50.2%65歳以上 39.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:農業と水産業が基幹で、イチゴ、アサツキ、ホタテ養殖などが盛んです。

特産品・名産

  • イチゴ町の主な農産物の一つ
  • アサツキ町の名産品
  • ホタテ礼文華地区が内浦湾の養殖発祥地

見どころ・祭り

  • 小幌駅鉄道以外での到達が困難な駅
  • 噴火湾展望公園道央自動車道のPAにある展望公園
  • カムイチャシ史跡公園チャシ跡を整えた公園
  • 豊浦温泉しおさい2002年開湯の温泉

木梅花菊豊浦町の木・花

豊浦町のなりたち

豊浦町(とようらちょう)は、北海道胆振地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに弁辺村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。

1920年の時点で、この区域の町村は虻田郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
256km²今の面積

「豊浦町」という名前

もとの地名は「弁辺(べんべ)」でした。アイヌ語の「ペウンペ」(水・ある・ところ)や「ペペナイ」(水・水・川)に由来するとする説があり、「ペッペッ」(川・川、小さい川が集まったところ)と解釈する説もあります。のちに語呂が悪いとして改められ、1932年(昭和7年)6月に弁辺村から豊浦村になりました。「豊浦」は、農産・水産業が豊かな内浦湾に面していることにちなんだ名とされています。

まちの成り立ち

1798年(寛政10年)に松前藩が会所を置いたとされています。開拓は1870年(明治3年)に和人が来住したことに始まり、1887年(明治20年)に植民地区画が画定されると農業移住者が増えました。山梨県から93戸が団体で移住し、1909年(明治42年)までに200戸を数えています。1880年(明治13年)に虻田村戸長役場の管轄となり、1902年(明治35年)4月1日に二級町村制を施行して弁辺村となりました。虻田村との組合役場は1909年に廃止され、弁辺市街に弁辺村役場が開設されました。1918年(大正7年)に字静狩を長万部村へ、1925年(大正14年)に字中昆布・桂の沢・柳の沢を狩太村へ分けました。1932年(昭和7年)6月1日に豊浦村と改称し、1947年(昭和22年)7月1日に町制を施行して豊浦町になりました。1952年(昭和27年)4月1日には洞爺村と境界を変更しています。その後、ほかの市町村と合併したことはありません。

年表

  1. 1880年弁辺村が虻田村戸長役場の受け持ちとなった。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  2. 1902年4月1日明治35年弁辺村に二級町村制が施行され、虻田村との組合役場が置かれた。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  3. 1909年3月31日明治42年虻田村との組合役場が廃止され、弁辺市街に弁辺村役場が開かれた。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  4. 1918年7月10日大正7年長万部村との境界変更で、字静狩が長万部村に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  5. 1920年6月1日大正9年徳舜瞥村・喜茂別村との境界が変更された。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  6. 1925年4月大正14年狩太村との境界変更で、字中昆布・桂の沢・柳の沢が狩太村に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  7. 1932年6月1日昭和7年弁辺村が名を豊浦村と改めた。種類:改称 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  8. 1936年5月25日昭和11年所属未定地が豊浦村に編入された。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  9. 1938年7月10日昭和13年所属未定地が豊浦村に編入された。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  10. 1947年7月1日昭和22年豊浦村が町制を施行し、豊浦町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
  11. 1952年4月1日昭和27年洞爺村との境界が変更された。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

弁辺村→豊浦町1902〜今

参考にした資料